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更新日:2022年1月27日

第1部基調講演「いい動物園って何だろう?」

講演者

佐渡友 陽一(帝京科学大学)

第一部(前編) 基調講演「いい動物園って何だろう?」

 

第一部(中編) 基調講演「いい動物園って何だろう?」

第一部(後編) 基調講演「いい動物園って何だろう?」

講演記録

(※読みやすいように整理しているため、実際の発言とは一部異なります。)

スライド1 いい動物園って何だろう?

ご紹介にあずかりました佐渡友と申します。本日は、どうぞよろしくお願いいたします。
私からは、いい動物園って何だろうというお話をさせていただきます。

スライド2、3 自己紹介

先ほどご紹介をいただきましたけれども、もう少し自己紹介をします。
まず、私は、ライフワークとして動物園学をやっています。そんな学問分野があるのかというツッコミがあると思いますが、私がやっているのは、動物園とは何か、それはいかにあるべきかということです。そして、そのために、国内外の270ぐらいの動物園を回っています。
また、いろいろな研究会や自治体の関係でお世話になっており、動物園研究会や動物園関係の教育研究会、さらには、今ご紹介にあずかった市民ZOOネットワークや横浜市とも関わっています。最近では、大阪の天王寺動物園が地方独立行政法人になるということで、今、その準備のお手伝いなんかもしています。
今、帝京科学大学におりますが、6年目となります。それまでは、静岡市役所におりました。そこで、市役所をどうして辞めたのかを軽くお話をしておきましょう。
私が生まれたのは1973年で、静岡育ちです。私が生まれた時、日本平動物園は開園して4年目のできたてほやほやでした。私の幼い頃の写真というのは動物園にいるものが半分以上です。動物園に行くと写真を撮るみたいな、これはどこのご家庭でもあるのかなと思いますけれども、そういう感じです。
これは、1歳ぐらいの私です。
その後、大学に入って、大学4年から修士の3年間、上野動物園で実習生としてお世話になりました。その頃、世界の動物園はもっと先に行っているのだ、でも、日本も頑張っているし、きっと追いついていくのだと伺っていました。それで、私はそれを信じていたのです。
その後、静岡に戻り、市役所の職員になって、日本平動物園に勤務をさせていただいたので、これから日本の動物園をどうやったら良くしていけるのか考えるぞと思いながらお仕事を始めたわけです。
ところが、動物園に入って3年目のときです。静岡市の姉妹都市であるアメリカのオマハ市にヘンリードーリー動物園というところがあるのですが、そこの教育部門で実習をさせていただくことになりまして、4か月ぐらい、動物園の中に住むことになりました。それで分かったのですが、アメリカの動物園は確かにめちゃくちゃすごいのです。進歩していくスピードが速くて、これは追いつけるのかと思わざるを得ない状況でした。
その後、日本に戻ってきて、引き続き日本平動物園に入って、ほかの部署も回ったのですが、気がついたのはとてもアメリカのようにはできないなということでした。それは何かというと、市役所の論理で動物園をよくすることには限界があることに思いを致さざるを得なかったのです。それで市役所を辞め、大学の教員になる道を選びました。
これが私の簡単な履歴です。

スライド4 本日お伝えしたいこと

それではまず、本日お伝えしたいことを端的に申し上げます。
動物園は、市民、地域と世界、地球をつなぐ鍵になり得るのだということです。それから、そういったいい動物園というのは、自治体だけではつくれなくて、人々の思いの力が必要になるのだということです。

スライド5 いい動物園って何だろう?(講義ポイントのリスト)

具体的には、1.そもそも「動物園」とは何なのか、2.日本の動物園は何をしてきたのか、3.「いい動物園」とは何なのだろう、4.「いい動物園」に必要なことは何かという順番で、世界をリードしている動物園ではどうやっているのかに触れながらお話をしたいと思います。

スライド6~9 そもそも「動物園」とは

それでは、最初に、そもそも動物園とは何かです。
日本語としての動物園というのは、ある一時期は固有名詞でした。1882年、明治15年に動物園というものができるのです。それは今の上野動物園のことですが、当時、動物園はここにしかなかったから固有名詞になっていたのです。
ところが、野生動物を見られる施設は動物園だけではありません。有名なところとしては、浅草の花やしきがあります。ここは江戸時代からありましたし、明治時代にもいろいろな動物を飼っていました。
でも、何番目の動物園かを数えるとき、浅草の花やしきは数えません。ここは動物園ではないという認識だからです。では、何が違うのかという話になりますよね。
実は、英語の「ZOO」という言葉も同じで、「ZOO」という言葉をはやらせたといいますか、最初に呼ばれたのはロンドン動物園だと言われています。でも、動物園ができたとき、ロンドン市内には野生動物を見せる屋内型のメナジェリーというものが既にあったのです。しかし、ここでも、メナジェリーはあるのに「ZOO」とは別の物だという扱いからスタートしています。
このとき、「ZOOはいいよ」「ZOOへ行こう」というような流行歌ができるのですけれども、それはメナジェリーと違ってねということなのです。言ってしまえば、メナジェリーというのは日本語だと見世物小屋なのですね。浅草の花やしきを動物園としてカウントしないのも同じで、あそこも動物園ではなく、見世物小屋だからです。
では、動物園と見世物小屋の違いは一体何なのかですが、これは実は非常に難しい問題になります。何はともあれ、世界初の近代動物園というのは3つです。世界初と言いながら3つあるのは変な話なのですけれども、これは諸説ありますみたいな話と一緒です。
言ってしまいますと、ウィーンとパリとロンドンのものです。そして、日本がモデルにしたのはパリのものでして、国立自然史博物館附属動物園です。
江戸時代、日本から幕府の遣欧使節団として行った市川渡さんは、こういう言い方をしています。「総て西洋各国にては、かくの如き禽獣園、草木園、博物館等の場を官符に造り置き、遊楽を得せしめ、また博物の識をます」です。古い言葉ですが、何はともあれ、「官符に造り置き」なのです。
確かに、パリは国立ですが、全部が国公立だという言い方は、実は間違いなのです。
もう一つ、「遊楽と博物の識」と言っているのですけれども、今で言うところのレクリエーションと教育です。
このとき、科学的な研究をやっていくというところがいま一つ理解し切れなかったのですね。なぜ見せているのだろうというところから物を考えていたのです。
その結果として、上野に国立博物館附属動物園というものができました。これが正式名称です。当時は、博物館と言っても動物園と言っても上野にしかないという時代だったのです。
ところが、ロンドンのものはというと、有志が出資した非営利事業でした。これは、英語で言うとチャリティーという概念のものです。チャリティーと言うと慈善事業みたいなイメージがありますけれども、英語でのチャリティーというのは非常に広い言葉なのですね。
その後、世界をリードした三大動物園は先ほどの3つとは違って、ロンドン、ベルリン、ニューヨークとなります。このうちのベルリンのものは、国が支援した公益株式会社という日本にはない組織形態のものです。ニューヨークのブロンクスは後でまたお話ししますが、市に要請された公益慈善団体でして、英語で言うとパブリックチャリティーという組織になります。
つまり、日本の動物園、公立の動物園とは違うものでして、こうした3つの動物園が世界の動物園を引っ張ってきたという歴史があるのです。
また、そういった人たちで国際動物園長連盟をつくり、真の動物園ということを言い始めます。このときに言われたのは、科学的基礎に立って運営され、動物に関する教育機関であり、決して営利事業であってはならないというものでした。つまり、動物園はお金をもうけてはいけません、そんなものは真の動物園ではありませんということです。
これは役所でやるものもある程度そうなのかなというところもあるのですけれども、実はそうではないという話は後でちょっとしますね。
何にせよ、動物園というのは、言ってみれば、気高い野生動物展示施設というある種のブランドで、気高くなければ動物園の仲間と認めないという精神構造を持っているのですね。そこが動物園と見世物小屋の違いなのですが、これは非常に線が引きにくいということがわかっていただけるかと思います。

スライド10 いい動物園って何だろう?(講義ポイントのリスト)

さて、次に、2.の日本の動物園は何をしてきたのかについてお話します。

スライド11、12 日本の動物園は何をしてきたの?(4つの目的論ほか)

種の保存、教育・環境教育、調査研究、レクリエーションという4つの目的があるのですが、これは世界的には20世紀前半からあったみたいです。日本でも1930年に既に紹介されています。でも、日本にこれが定着したのは1970年代から1980年代ということで、かなりのタイムラグがあるのですね。とはいえ、かなり古い理論で、今から見れば100年前になります。
しかし、これに対する異論もあります。
山本茂行さんというのは日本動物園水族館協会の会長までやった人ですが、その人に言わせると、「そういう意味合いがあるという程度の羅列表現」であるとのことです。あるいは、石田戢さんというのが私の師匠なのですけれども、この人に言わせると、「動物園の持っている本来の役割を自覚しにくい」とのことです。でも、そう言われますと、本来の役割とは何ですかということに当然なりますよね。
東京都は、こういうとき、すごくしっかりとした調べ物をするのですね。その調査記録を見ると、日本人が期待していることについて、お父さんやお母さんのグループにインタビューをしています。そうしたら、「絵本やテレビではない本物の動物を見せる」、これが動物園に期待される役割であるという言葉が出てくるのです。
ちょっと待ってください。テレビの動物は本物ではないのですか?「本物」とは何なのかという話になります。
もう一つ、日本人は「触れ合い」が好きだとよく言われ、動物園業界では結構問題になるのですけれども、これが本当にひどいです。触れられる動物が全くいない平日の多摩動物公園にまで触れ合いを求めてくるのです。動物園業界では触れ合いといったら、大体は触ることを指すのです。ところが、全く触られないくせに、不思議なことに、アンケートを取ると、お客さんは満足して帰っているのです。

スライド13~19 動物との「ふれあい」って何?

ここで言っている「触れ合い」とは何かというのと、先ほどの「本物」とは何かというのをもうちょっと考えていきたいと思います。
これは、北海道内のとある動物園です。人がいない平日に行きました。アザラシは、好奇心強いので、こんな感じで、自分から寄ってくるのです。こういうのは何かうれしいですよね。心が触れ合った感じがします。かなり近くまで来たので、思わず握手してしまいました。実はこれが私の手です。このとき、おっ、意外とガッシリしているなと思いましたね。
これ(意外とガッシリしていたこと)はあまり重要ではないのですよ。でも、この瞬間、私はこのアザラシは確実にここにいると確信したのです。だって、触っているのだもの。手も握りましたし、絶対にここにいる、間違いないという話です。
ですから、触らなくても「触れ合い」というのは成立し得るのです。多摩でお客さんが満足していたのもそういうことです。ただ、触ることによってそれが強化される、確信に変わるみたいなところがあります。
触れ合いというのは、本来、そういう言葉なのです。お年寄りと子どもの触れ合いといったときに触らなければいけないということはないですよね。
次に、これは触れ合いでしょうか?これはうちの子ですけれども、手を動かすと、ペンギンは好奇心が強いもので、追いかけてくるのです。それを面白がって、にこにこしながら手を動かしているわけなのです。
その次は、すごく不思議な写真です。そもそも、人止め柵の上にワオキツネザルがいる時点で不思議ですけれども、この方たちはカメラを運動場の方に構えていますよね。何を見ているのかというと、実は、この前に子どもが子ども用の包丁でバナナやサツマイモを切っていたのですね。ここに飼育員がいますが、飼育員しか入られないところに入って、それを持っていき、蓋を開けて、蓋を開けたらじっとしていなさいと言われ、おとなしくしているところなのです。そうすると、目の前で自分が切ったやつをぱくぱくと食べてくれるわけです。
そのとき、この子たちは、このお猿さんたちが間違いなくここにいると確信するわけです。だって、自分が切ったものを食べてくれているのですから。しかも、自分が役に立っていると思うわけで、これはうれしいですよね。このように、幸せそうな動物を見て、自分も幸せになるみたいなことが起こり得るわけで、それが本来あるべき触れ合いの姿なのかなと思います。でも、この「触れ合い」という言葉を動物園人はどうも間違って使ってきたのではないかなという気がしています。
触れ合いとは、硬い言葉で言うと動物の実在を確認する行為なのですね。そして、このときに鍵になるのは双方向性で、私が何かしたから相手が反応してくれたのだということがないといけません。また、その前提になっているのが身体性です。確かにここに体がある、私にも体がある、相手にも体があるということですね。でも、こうしたことは極めて個人的な体験で、テレビなどに代えることができません。
発達心理学者である無藤隆先生という方がJAZA―日本動物園水族館協会の教育関係の報告書で書いています。いい言葉を使うなと思ったのですけれども、動物園というのは「生きている証に出会う」場だと言っています。これは、特に幼児を中心とした一人ひとりの人間が世界観を構築するプロセスだということです。これが日本の動物園がやってきたことの1つ目のポイントだと思います。

スライド20~25 子供にとっての「本物」の意義

もう少しお話をしておきます。
これはうちの子の写真で、私がまだ市役所職員だったとき、こういう場で使うなんてことを全く考えず、単なる家族写真として撮ったものなのですけれども、おっ、指を差している、面白いなと思ったのです。「トラを見て指を差すんだ、この子は」と思いました。
まだ、「あー」とか「うー」とかしか言わない子どもが指を差したので、面白いと思ったということですが、この指さしという行為について、後々学んで驚いたのですが、親の反応を期待した行動と考えられ、人間の特徴の1つだというのです。確かに、ほかの動物は指さしをやらないですよね。
心理学的には「共同世界の構築」と言うらしいのですけれども、言語を獲得する前提として、あれ、あれという行為をするようなのです。確かにそうですよね。こうやって人間は成長していくのです。
ゾウを見て、お母さんはなんて言うかというと、「ほら、ゾウさんだよ、ゾウさん」と言いますよね。当たり前じゃん、みたいなところがあるのですけれども、このときの子どもの脳みそのことを発達心理学的に考えると、「ゾウさんか、何か絵本で前に違ったものを見たぞ。でも、今、ママはあれがゾウだと言っているぞ、このゾウとあのゾウは一緒なのか、そうか」となります。つまり、カテゴリーを構築していき、言語を学ぶということなのですが、これはかなり高度な学習です。
ここのところをもう少し見ていきます。
無藤先生に言わせると、1歳前後の子どもというのは、周りの事物を見詰めるひたむきな表情を持っているのだそうです。ヒヨコに触るのも半ばおっかなびっくりで、未知の生物ですから、すごく真剣なまなざしをするのです。よく分からないけれども、物言わぬ動物だ、触ってみたらどうなるのかということでコミュニケーションを試みるのです。
本当に小さい子はヒヨコに触ることすら怖がります。でも、1歳ぐらいになってくると、この世界に出会うことに夢中なのだという言い方をしています。心理学用語では、「命名の爆発」と呼んでいるようですが、あらゆるものに命名して、世界を秩序化するといいますか、こうして世界を認識していくのです。
つまり、この子にとっての世界というのは、今まで家庭の中にしかなかったので、外に出ていくと、次々と常に未知のものが生まれてくるのです。世界というのは、そういうものだということを認識していきます。
この子は非常に真剣なまなざしでウサギに怖々とタッチしているわけですけれども、この時点で世界を探索する自信と最も基本的な方法を身につけていると言うのですよ。要するに、それは自分の知識を活用するということです。「これはウサギだ。絵本で見たな」という話です。それから、大人の知識も引き出します。「ママがこれを膝に乗っけて触っている、どうも触ってもいいものらしい」と知るわけです。そういうことをしながら、大人の側としては我々の文化が持つ世界の認識を伝えていきます。これが世界観を構築するプロセスだということです。
でも、これには当然、ツッコミが入ります。それは、マスメディアとかバーチャルで代替できないのですかということですね。
先ほどもちょっと言いましたが、例えば、ライオンの狩りをアフリカに行って撮影するカメラマンは、自分の身の危険も含めた恐怖感みたいなものを覚えると思うのですけれども、テレビで見ているこちら側の私たちは身の危険を感じないですよね。このように、伝わらないことは当然あります。
迫力みたいな存在感、何をするかが分からない相手といった感覚、そこに取替えのきかない生死があるということもそうです。でも、そういったものを実体験することで人は世界観を構築していくわけです。その中で動物園はどこまで役割を果たしてこられたのかという問いはありますけれども、代理体験や仮想現実ではやり切れない部分はあって、生きている証に出会うということをいかに動物園でやっていけるのか、それを私たちはちゃんと考えていかなければいけないだろうということです。

スライド26~29 日本の動物園は何をしてきたの?(子育て支援など)

次のポイントです。
「日本人は一生に3回動物園を訪れる」と俗に言われます。子どものとき、親のとき、祖父母のときですが、端的に言うと親が子どもを連れてくのです。だって、0歳の子どもが動物園に行きたいなんて言うわけがないでしょう。先ほどの写真を撮った時ですが、私は、自分の元職場でしたから、トラをあんまり見ませんでした。向こう側のトラよりも自分の子どもの反応のほうが新鮮だったのです。「おっ、指を差している。面白い」と思ったわけですよ。
子育てをしていると、毎日が、未知との遭遇ですよね。子どもは常に変わっていきます。「へえ、うちの子はこんなことをするのだ」といって自分の子どもについて学習しているわけです。そして、「だったら、次はこんなことをしてあげようかな」「次に動物園へ行くと何が起こるかな」なんて期待しながら動物園に連れてくるわけです。そういうふうに、子育てを振り返って改善していくみたいなことが動物園では行われたりします。
親は動物園に来ても動物を見ないとかよく言われますけれども、ある意味、無理からぬことはあるなと私自身が体感しました。
ただ、子どもが大きくなってくると、子どもが勝手に歩いていって、お母さんは後からついていくことになります。パネルを勝手にめくりながら、意味が分かっているかどうかは知りませんが、とりあえず、ライオンといった文字を見て、カタカナとか、数字とか、動物名とか、そういうものを自主的に学習しているように見えてきます。それを見て、お母さんは「動物園って楽かも。子どものためにもなるし」と思うわけですよ。これは、ある意味、動物園活用術を学習していると言えなくもありません。
動物園というのは、昔から、子どものため、子どものためと言われていました。でも、この言葉をよく考えてみましょう。1970年代にはなかった言葉ですが、それは子育て支援というものです。これは親のためなのですよ。そこに癒やしという言葉がかぶってくるのですが、この機能を間違いなく日本の動物園は果たしてきたわけです。
恐らく、世界中でそうだと思いますが、これが2つ目のポイントとなります。
それでは、3つ目のポイントに駆け足で行きましょう。
先ほどの東京都の調査の中で面白いことが分かっています。それは、頻繁に動物園や水族館に来ない人もその存続価値を、税金を投入することを認めるのだということです。その具体的な事例として、円山動物園という名前の本の中に、50年ぐらい前のことを思い出している女性のお話があります。久しぶりに来園して、「はるか半世紀前にタイムスリップし、少女期のわたしたちがそこにいるような気がした」とあります。これは、ゾウが生きていた頃ですが、ゾウに乗せてもらった思い出をすごく詳しく語っています。あのとき、乗せてもらったら、毛の感じがすごくごわごわしていたとあります。こういうものをエピソード記憶といって、そのときの場面をばっちり覚えているのです。人間はそういう記憶のスタイルを持っています。
何はともあれ、「動物園に足繁く通った娘も、長女が生まれ、母となった」「娘と孫との思い出に、動物園は欠かせない存在となるだろう」とあります。自分にとっての思い出の場、それが娘と孫にとっても思い出になっていくであろうということを、このおばあ様は期待していらっしゃるのです。
つまり、このおばあ様にとって、動物園というのは思い出を継承する場と存在なのです。特に、ゾウみたいな存在はそういうときに非常に重要な価値を発揮することがあり得ます。
さて、ここまでの話をまとめます。
成長に従って整理すると、子どもは動物の実在の確認という意味で世界観を構築するのに動物園を役立ててきました。親は、そういったことから世界を伝えながら癒やしを得る、子育て支援というニュアンスのものを得てきました。そして、祖父母は、人生の集大成ということで、思い出の継承を動物園に求めているということです。
でも、実際の使われ方ですが、子どもが小学校に入りますと、動物園から卒業されてしまい、思い出の場になっていきます。これが日本の動物園を支えてきた基本的な構造だという話になるのですけれども、動物園はそれでいいのですかということをやはり考えなければいけません。

スライド30 いい動物園って何だろう?(講義ポイントのリスト)

そこで、いい動物園とは何ですかというお話に移ります。

スライド31 「いい動物園」とは?

まず、大目標を示します。
人も動物も幸せにする動物園です。これには、多分、誰も異論がないと思います。このうち、地域の人を幸せにということは先ほど話していたようなことでやってきました。では、飼育動物を幸せにできていますかということで出てくるのが動物福祉ですね。あるいは、将来世代の幸せを奪っていませんかということで考えなければいけないのが保全の話になります。
これらについて、もうちょっとちゃんと言いますね。

スライド32 動物園学の2大テーマ

動物園というのは、古来というか、元々は野生にいる動物を飼育展示する施設です。そこにはどうしても自然界を乱して申し訳ない、動物を閉じ込めて申し訳ない、かわいそうという気持ちが必ずつきまといます。でも、そのとき、大切なのはその自然を守ることだよねと考えるのが保全という考え方です。そして、大切なのはそこにいる動物が幸せかどうかだよねと考えるのが動物福祉となります。だから、世界の動物園・水族館では、保全戦略や動物福祉戦略を出し、それを推進していこうとしているのです。
つまり、先ほど申し上げたように、動物園は気高くないといけないのです。そして、気高くあるためには保全と動物福祉が必須です。それは、ゾウみたいに飼育が難しい動物を飼育すればするほど、より高いレベルのものが求められます。これが世界の動物園の状況だということです。
でも、動物園はピンキリです。

スライド33 「いい動物園」とは何か(米国の動物園レベル分けピラミッド図)

アメリカの動物園のことを少しお話しします。アメリカの動物園は世界をリードしています。

スライド34 ブロンクス動物園

その典型が先ほどもご紹介したブロンクス動物園です。この写真はゴリラの展示施設でして、ここにゴリラがいるのですけれども、すごくきれいな展示なのです。緑の中にゴリラがいて、しかも、子どもがたくさんいて遊んでいるのです。すばらしいですね。

スライド35 「いい動物園」とは何か(米国の動物園レベル分けピラミッド図)

ニューヨークみたいなことまではできないけれども、俺たちも俺たちなりにできることを頑張っていくぞと言って、動物園協会、アメリカだとAZAと言うのですけれども、そういったところに入ります。
でも、アメリカというのは自由の国と言われるとおりで、下にもいっぱいあります。AZAなんかには入らないよ、うちはお金もうけるために動物園をやっているからというところもあります。そうした非加盟の動物園もいっぱいあります。

スライド36 ワシントンパーク動物園

その中には、営利目的の民営の動物だけではなく、公立の動物園だけれども、施設が物すごく古いというところもあります。
これは80年ぐらい前の施設なのですが、そこをいまだに使っているのですね。いかに貧乏な自治体かという話なのですけれども、そういった動物園もあります。

スライド37 「いい動物園」とは何か(米国の動物園レベル分けピラミッド図)

さらには、これを動物園とは言わないで欲しいというようなレベルのものもあります。

スライド38 クリケット・ホロー動物園(個人経営)

私が行ったのはクリケット・ホローというところですが、個人経営の動物園を名乗る施設で、私が行ったときにはこのトラはいなかったのです。いないことを知って行きました。それは、動物保護団体に訴えられ、裁判に負け、ほかの施設に移したからです。隣のオオカミはいましたね。何にせよ、不潔な状況、獣医的なケアの欠如などがあります。裏側の施設を見た瞬間、日本の動物園人は、ちょっと、こんなところでトラを飼うなよと思うと思います。ひどいところは本当にひどいです。

スライド39 「いい動物園」とは何か(米国、日本の動物園レベル分けピラミッド図)

アメリカというのは本当に自由な国でして、ですから劣悪な施設もあるのです。
でも、先ほど言った気高い施設、AZAを構成するような人たちというのは、そんな施設と一緒にされたくないのです。そこで、AZAは認証という仕組みを設けまして、この認証基準をクリアしなかったらAZAには入れませんという基準を決めているのです。
実は、これと同じような構造が日本にもあります。
日本をリードする動物園としては、上野や旭山が有名です。当然、円山もここに入ってくれないと困りますよね、と静岡にいた人間は思うわけです。札幌は大都市ですからね。
一方、今、私は山梨県民ですが、甲府市の動物園は日本をリードするのはちょっと難しいですね。面積が2ヘクタールぐらいしかないのです。でも、そんなところでもJAZAに加盟し、自分たちでできることはやりますよと言ってやっています。
そして、JAZAも審査という仕組みを持っています。認証ほどではありませんが。そして、非加盟の動物園がやはり日本にもあるのです。

スライド40 山梨市万力公園動物園

ここで山梨県の事例をお見せしておきましょう。
札幌市にも非加盟動物園みたいなところがあるのですよね。
これは、山梨市の万力公園がやっている公営の無料の動物園ですが、外国産の動物がアライグマとカピバラぐらいしかおりません。でも、アライグマなんて山梨県には野生でいますから、純粋な海外産動物ですらないという状態です。

スライド41 「いい動物園」とは何か(米国、日本の動物園レベル分けピラミッド図)

そして、やはり、山梨県内にもその下のものがあるのです。

スライド42 もふもふ動物園

イオンモールの中にもふもふ動物園というものが入っているのですけれども、ここにいる動物はペットとして取引される動物ばかりなのです。ここは、ゾウやキリンがいるような動物園とは決定的に違います。もう格が違うのです。

スライド43、44 めっちゃさわれる動物園

同様にショッピングモール内にあって、一時期有名になったのが「めっちゃさわれる動物園」です。聞いたことがある人はいますか。実は、ショッピングモールの中でライオンを飼っていたのです。ただ、今は見ることはできません。私が行ったときはライオンがぎりぎりいる時期でした。
ここで何が起きたかです。ライオンが血を額から流していて、ガラスにすりすりしていたのですね。その流血シーンを撮影し、SNSで拡散したのです。すると、それに対し、滋賀県が飼育会社に改善を要望したのですけれども、その飼育会社の対応が非常に不誠実だったのです。そこで、オーナーであるショッピングモールが出ていってくれと言い、契約が更新できなくなり、今はなくなったということです。
こんな動物園が現に日本にもあるのですよ。JAZAに加盟している心ある動物園にとっては一緒にされたくない施設というのが間違いなく日本にもあるのです。
そこで、JAZAの審査が生きてくるわけで、やはり、審査制度みたいなものは必要なのです。

スライド45 「いい動物園」である条件

そこで、いい動物園とは何ですかと改めて考えましょう。
まず、動物園の仲間と認められることです。ゾウやキリン、カバなどは、お互いに繁殖させて交換するものです。日本ではブリーディングローンをしていまして、お互いに貸し借りをするのです。買える動物は例外的に市場に出たものであって、買える動物だけでやっている動物園は大したところではありません。だからこそ、飼う以上はきちんと飼うということが求められます。それは、保全と動物福祉を前提にした施設があるということです。
甲府市にあるところは正直古いのです。でも、古い施設だけれども、それなりに頑張っていますというのはある程度はみんなも認めてくれます。でも、リニューアルをするのだったら、その時代の水準に合わせたものをつくらないと、何を考えているのですかと言われてしまうわけです。
そして、この水準は常に上がっていきまして、より高いレベルを目指すことになります。保全も動物福祉も、これで完璧とはならないのですよ。より高いレベルを目指した不断の努力が必要です。もっとよくしないといけない、もっとよくできるはずだという思いを常に抱えながら仕事をやっていかなければなりません。それが動物園という業界のプライドにもなってくるわけです。

スライド46 いい動物園って何だろう?(講義ポイントのリスト)

最後に、いい動物園に必要なことは何かです。
まず、世界をリードする動物園の話をする前に、日本の動物園の話をちょっとしておきます。

スライド47 戦前の動物園と収支

これは、昭和9年、戦前の上野動物園の収支です。収入の入園料は22万4,000円です。物価が違いますね。これは年間収入ですよ。入園者数が183万人です。人口も違います。支出は13万6,000円です。しかも、この中には、「その他」の中にあるのですが、上野公園そのものの管理費を含みます。
これは、どういうことだ?という話になりませんか。収入の方が大きいですよね。何をやっていたかというと、実は上野動物園は稼いでいたのです。ある意味、営利目的だったのです。といいますか、公園のためのお金を稼ぐのが上野動物園の仕事であって、それによって東京市全体の公園行政を支えるみたいなことをやっていたのです。こんなことをやっている動物園は世界的にもないですよ。

スライド48 戦後の公立動物園(平均)

(このグラフは)その日本の動物園が戦後はどうなったかです。
戦後すぐの時期は収入のほうがまだ多かったので、子どものために動物園をつくろうとしました。独立採算だから、つくれば何とかなるという計算が働いたのです。でも、その後で起きたのは、GDPが伸びていくのに動物園の規模が変わらない、収入と支出がずっと同じ額、でも、物価は上がっていくということでした。これはなぜかというと、子どものためにつくったから入園料が上げにくかったのです。それで、収入が増えない分、支出を抑えて我慢することになります。つまり、規模が縮小していくことになります。ものすごく苦しいですよね。それでも給料だけは払わないといけないのです。
そこで、収入を、独立採算を維持するために、遊具を増やして頑張ります。これを典型的にやったのは、実は結構お近くにあって、帯広の動物園です。
日本平ができたときに、帯広にわざわざ視察に行っているのですけれども、帯広は遊具で頑張っている、ああいうスタイルを日本平でもできないかと考え、学びに行ったのですよ。その学び方はちょっと間違っていませんかと今の私たちなら思いますよね。でも、日本平ができたのがちょうどこのぐらいの時期なのです。
それから、時代が変わります。支出超過、収入のほうが支出よりも小さくて当たり前となっていきます。このときの論理は、福祉国家の建設というちょっと古い言葉になるのですが、ゆりかごから墓場まで、税金で面倒を見ましょうという考え方があります。そのため、動物園ではサービスをお安く提供しましょう、入園料は上げません、特に、子どもと高齢者は無料にします、としたのです。小学生や65歳以上の方が無料になったのはこの時代です。
でも、そういうことがある時期にぴたりと止まります。それがオイルショックのときです。プラザ合意やオイルショックなどで、時代が一気に変わり、高度成長期が止まり、福祉国家の建設が挫折するのです。そこから先は、増税なき財政再建といって、今でも通用するような言葉が出てくるわけです。この増税なき財政再建は、オイルショックが終わってからこの50年間、動物園に関してはずっと続いています。自主財源は3割から4割で、残りを役所に持ってもらうというバランスで何とかやっていこうというのが今の日本の動物園の形です。

スライド49、50 円山動物園は?

それでは、円山動物園の歴史をちょっとだけ見ておきましょう。
まず、移動動物園の時代が1950年にありました。東京の上野に動物園があることは知っていたのだけれども、「そこを訪れるなどは夢の夢でした」と書いたのはこの本が出たときの市長で、「自分が高校生だった頃はね」みたいなことを語っています。そのとき、移動動物園が上野から来たのです。インディラというゾウが来ています。そのとき、「観客はオリの前から離れようとせず、動物が動いたといって歓声を挙げ、あくびをしたといって驚いたりしていました。誰もがしばし空腹を忘れ、いら立ちを忘れて、動物に見入った」とあります。
戦後5年ですから、誰も空腹だったのです。でも、この催しの成功で「札幌にも動物園を」という声が急速に高まったのです。そして、その翌年、動物園をつくることは決まっていたのですけれども、開園しました。当初、動物3種、職員4人、飼育員1名です。でも、動物園に対し、市民から、連日「動物を寄付したい」という手紙や電話が寄せられ、どんどんと大きくなっていくのです。しかし、1965年ぐらいまでは動物園はやはり独立採算だったのです。
これは初代の園長が書いたはずですが、「そのころの園は独立採算制を取っており、収入が多ければ行事をしたり、動物舎を新設する費用の足しにしたり、今とはだいぶシステムが違っていた」とおっしゃっています。
それから15年後ぐらいになると、だいぶステージが変わって、世界の熊館、今でも建物残っていますが、これが開園30周年の記念施設としてできました。
円山動物園について、データでさらに見てみましょう。
まず、1950年から1960年代ですが、収入のほうが多かった時代が長く続いています。独立採算の時代が長かったのですね。赤色の点線が全国平均で、赤色の実線が円山動物園ですけれども、この頃までは全国平均よりも小規模な動物園だったのです。でも、1970年から1980年にかけて支出超過になっていきます。税金投入をしている時期は全国的な傾向と似ています。その時期に動物園が大きくなっているのですが、ここが世界の熊館ができた頃です。1980年頃まで税金を入れながら動物園を大きくするという動きをしているあたりは円山動物園独自の動きではあります。ただ、その後、対GDPで言うと規模がじわじわと小さくなっていきます。しかし、それは10年ぐらい前まででして、最新のデータを入れたらもうちょっと別の傾向が出るかなという気はします。

スライド51 日本の動物園はとても安い!

ここで日本の動物園全般の話をします。
まず、日本の動物園の入園料はとても安いです。5年ぐらい前の調査ですけれども、平均で500円ぐらいです。500円でまともな動物園に入れるなんていうのは、アメリカやヨーロッパではあり得ません。最低でも1,000円は取られます。2,000円前後が平均的な料金だと思ってください。えっ、動物園に入るのに2,000円も、と思った人が多いかもしれませんけれども、世界の動物園はそんな感じです。これには日本が独自に安くし過ぎたというところがあります。

スライド52 円山動物園は?(入園料の推移グラフ)

(入園料の推移をグラフで示しながら)これは、円山動物園も一緒で、開園当初は、今の物価に換算すると、1,000円ぐらいだったのです。これは、1人当たりの名目GDPと比べ、現在の金額に直した数字です。
全国平均がこの黒色のラインです。これ(全国平均)よりは(円山動物園は)やや高めだけれども、大体600円ぐらいで安定する時代が続きました。一方、水族館は、この辺(2000年頃)でぐわっと上がっています。公立の水族館では、バブル期に価値と料金を一気に高めたのです。それで公立の水族館は、今、1,400円ぐらいなのです。円山動物園はこの4月から、ご存じのとおり、800円になったのですが、価値と価格を高めるということを、ちゃんとやってこなかったのが日本の動物園の歴史なのです。

スライド53 アメリカの動物園の収入構造

では、それだけいっぱいお金を取っているアメリカの動物園は、さぞかし入園料でもうけているのかなというと実は全然そんなことはなく、入園料の比率は小さいのです。年間パスポートみたいなメンバーシップまで入れても25%ぐらいで、自主財源はこのぐらい(3分の1)です。そして、残りの3分の1として行政補助が入っているのです。2,000円の入園料を取りながら、行政補助ももらう、かつ、足りない分は寄附金とその基金運用益です。寄附金を集め、それを運用して増やしているのです。ざっくり言うと、自主財源と行政補助と寄附金が3分の1ずつというのが、アメリカの動物園の収支構造なのです。

スライド54、55、57 収入構造の日米比較

アメリカの動物園はこんな感じなのですけれども、それに対して日本の動物園は、先ほど言ったように、収入が3分の1ぐらいで、あとは行政に持ってもらっています。
最初にこれを見たとき、私と師匠の石田さんは、日本では寄附金が得られないから、その部分を行政が見るのはしようがないよね、構造は大体一緒だよねと言っていました。でも、大勘違いでした。だって、入園料が倍ぐらい違うわけですよ。つまり、パイの大きさをそろえると、こう解釈するのが正しいのです。日本では行政補助はそれなりに出ています、入園料は半分しかないです、寄附金はさっぱりないです、言ってみれば、日本の動物園は片肺呼吸のような状態だ、つまり、日本の動物園というのはいまだかつて一度たりともまともに運営されたことがないと考えざるを得ないということです。
さて、後半の話に入っていきたいと思いますけれども、ここで区切らせていただきます。

スライド56 休憩

アメリカの動物園の財源の話を確認しておきます。
財源としては、利用者負担の部分、行政補助自治体の負担の部分、寄附みたいな善意の資金と呼ばれる部分の3つに分けられます。

スライド58 財源と使途と公益性

これについて経済学的な話で確認しておくと、利用者負担というのは市場の役割と言われます。自発的意思に基づく価値の交換というものですけれども、市場経済です。ただ、市場経済だけだと「市場の失敗」というものが起きるのだというのが経済学の考え方としてあります。道路みたいにみんながただで使うものは誰もつくってくれないではないかという話です。そして、そこに自治体といいますか、政府の役割が出てくるよねという話です。
税金を集めることで公共財を提供するのは大事だよねということで、承認された公益を実現させていくわけですけれども、実は、これも経済学的に言うと失敗してしまいます。なぜかというと、適正手続や官僚制の限界など、いろいろな言い方がされます。大きな政府がいいのか、小さな政府がいいのかという議論もありますよね。それで、結局、どうなるかというと、分かるのだけれども、お金ないのだよという話になってしまうのです。
そこで、それを乗り越えていこうというとき、善意の資金、新しい公共という言い方をしますけれども、こういったものが出てきまして、ここに非政府・非営利セクターの役割が出てくるのです。そして、お金の集め方はファンドレイジングという手法になります。片仮名になってしまうのは適切な日本語がないからですが、これによって未承認の公益をいかに実現していくかという話になります。

スライド59 日本の動物園の成り立ち

日本の動物園は、先ほど申し上げたようなことを入園料と政府資金だけでやってきたわけです。その結果として、今、日本の動物園はどうなっているかというと、入園料は安いのだけれども、1人当たり経費も小さいので、利用者の皆さんにとっては「安かろう悪かろう」ということになっています。経常経費が小さいくせに自治体の補助割合が大きいわけでして、自治体から見ると質の割に負担が重いとなります。そうすると、自治体は動物園を締めつけ、飼育員の数が少なくなり、非正規化が進行します。これは、実際に起こっていることです。
アメリカやドイツ語圏の動物園と比べると定量的に出るのですけれども、動物園にしてみると、制度上、やりたくてもどうしようもないとなるのです。これが日本の動物園の状態で、利用者も自治体も動物園も、誰も満足できない状態になってしまっているわけです。それで、自治体だけで動物園をよくするには限界がありますよねと考えざるを得ないということです。

スライド60 動物園と保全

先ほども言いましたが、動物園というのは、本来、野生にいる動物を飼育展示する施設です。それは、言ってみれば、生態系サービスに依存しています。生態系にいろいろな動物がいるからこそ動物園でいろいろな動物をお見せできるのです。当たり前の話ですよね。
では、生態系サービスとは何かです。
人類の豊かな暮らしというのは、そもそも、生物多様性に支えられているよね、世界中にたくさんの生き物がいて、空気や水もそうですし、食べ物は品種改良をしたりしていますし、薬なんかもそうで、私たちは元を正せば生態系に頼っているではないかということです。そして、それを考えたとき、持続可能な開発という概念が出てきます。
そうしてみると、動物園は生物多様性の危機にいち早く気づく文化的装置としての役割を持っているとも言えます。どういうことかというと、地球の裏の動物が危機に瀕しても、例えばマダガスカルで何かの動物が危機に瀕しても、皆さんは、直接、それを知らないわけです。ところが、動物園の人間にとってはマダガスカルというのはすごく重要な場所でして、よく知っているわけです。
つまり、生物多様性の危機に対する動物園というのは、毒ガスに対するカナリアみたいな位置づけにあって、最も敏感で、かつ、発信力があるということです。最初に気がついて、それを言える立場にあるのです。だったら、ほかの人が気づいていないような危機を言うべきですよね。今、あれが危ないのだと。それをするのが世界動物園水族館保全戦略となるわけです。
どう考えても、これは未承認の公益を訴えていくこと以外の何物でもありません。だって、ほかの人は気づいていないのですから。それを役所に言ったって、「そうだね、そこにお金を出さなければ」という話になるわけがないのです。
ですから、動物園というのは、市民・地域と、世界・地球をつなぐ鍵になり得るのだけれども、それは同時に、政府の役割を超えてしまっているのです。そこで、どうするのかと考えなくてはなりません。

スライド61~64 世界をリードする動物園の経営(ニューヨーク)

ここで世界の動物園を見てみます。
ニューヨークの動物園は、ニューヨーク市が土地を提供しました。今はWCSと言っていますけれども、昔はニューヨーク動物学協会という団体がありました。そこに、土地は貸し、人件費をはじめ必要な維持費は出すから無料開放日をつくってねという約束をして、頼まれた団体が動物園のプランをつくり、そのプランに対して寄附金を集めました。つまり、動物園を寄附金でつくって、そこから入園料が得られるようになったのです。
そして、この団体は次に何をやったかというと、北米やアフリカで野生動物の研究保護プランを打ち出すのです。実際にアメリカバイソンの保護もやっているのですけれども、そこで寄附金をまた集め、寄附が集まると研究保護活動が行われるので、実績や情報が入ってきます。ほかの人たちが全然知らない最先端の情報が入ってくるわけです。それを基にして独自の展示プランをつくり、そこでもまた寄附者を集め、新しい施設をつくり、世界で一番いい動物園はここだとなって、観光客も来るわけです。
この間、基本的にニューヨーク市は底支えをしているだけです。動物園が勝手にどんどんと発展していっているのです。市役所としてはおいしい話ですよね。これがアメリカの動物園の基本でして、このニューヨークモデルが全米に広がっていったと言われています。

スライド65 世界をリードする動物園の経営(ヨーロッパ)

それでは、ヨーロッパはどうなのかです。
アメリカは特殊だからねと当初は言っていました。それが、チューリッヒが典型的ですけれども、今、ヨーロッパもこれにかなり近づいているのです。
ここは、ベルリンと同じで、公益株式会社という仕組みなのですが、園長にお話を伺う機会がありました。そして、ああ、そうなのだと思ったのが「自治体の補助金は保全や研究には使えないので、それは寄附金だけでやっているよ」と言う話です。つまり、お財布を分けているのです。ですから、「自治体の税金は地域住民に還元すべきでしょう」というロジックは、日本でもヨーロッパでも、そしてアメリカでも同じだということです。
では、その寄附金はどうやって集めるのかということが求められるわけですけれども、実はヨーロッパの友の会というのが寄附金を集める団体なのです。もともと、そうやって動物園をつくってきました。博物館なんかもそうです。
そして、チューリッヒ動物園でお金を集める、ファンドレイジングをやる担当は教育&マーケティング部門です。教育とマーケティングをセットにするのかと一瞬思いました。でも、よくよく考えたら、確かにうまいですし、正解なのです。

スライド66、67 動物園のあるべき姿と財源

というのは、先ほどの未承認の公益です。地球規模での生物多様性保全、動物福祉、動物の幸せを徹底的に追求するということをやっていくと、どうしても未承認の部分が出てきます。そこを支えるのは寄附などの善意の資金でしかあり得ないので、そこでファンドレイジングというロジックが出てきます。
日本ファンドレイジング協会は、「人々に社会課題の解決に参加してもらうプロセスなのだ」、そして「共感をマネジメントしながら組織を成長させる力なのだ」と言っています。ちょっと難しい言い方ですが、簡単に動物園に当てはめると、生物多様性の危機を訴えて、寄附などによって解決への参加を促すということです。ですから、動物園が本来行うべき教育的な活動であるということで、これは環境教育そのものであるという話なのです。
確かに、ファンドレイジングは教育と表裏一体なのです。
ここでお金の使い方を見てみます。
経常経費、ふだんの動物園のお金というのは利用者負担等だけでは回らないので、そこに自治体の負担が入ります。そして、投資的経費ですが、ヨーロッパでは自治体の負担がかなり入っています。アメリカでも入ることがあります。でも、欧米では、それに善意の資金が必ず入ります。
先ほどの話では保全研究には自治体のお金が使えないということですから、善意の資金でやるしかありません。でも、ここから善意の資金を消すと、日本の現状が見えてきます。
投資的経費は自治体が全部持つしかありません、保全研究は財源がないためにできませんという話になってしまうのです。そこでファンドレイジングという話になってくるわけです。
動物園におけるキーワードとしては、「子どものため」、つまり次世代への贈与、自らの人生の充実みたいなことが語られます。それから、「動物のため」、つまり保全や動物福祉です。ここで、円山動物園のような象のための施設をどうつくるのかみたいな話が出てくるわけです。
結局、自治体の負担だけでは不可能なことをどこまでできるのかが問われます。どんどんと良いものをつくろうとしたときには、人々の気持ちや寄附で実現していく、自治体だけではできないことをやっていくことが求められるということです。

スライド68~71 日本におけるファンドレイジング

日本は長らく寄附文化がないと言われていました。実際に、日本ファンドレイジング協会ができたのは2009年で、まだ10年ちょっとしかたっていません。私はそこに入っていて、準認定ファンドレイザーという肩書きを持っているのですけれども、設立2年後にすごく大きな寄附税制の改正がありました。これにより、日本の寄附税制はアメリカよりも手厚いぐらいになり、税額控除ができるようになりました。
しかも、同じ年に東日本大震災が起きまして、寄附額が一気に伸びました。それで寄附元年とも呼ばれています。
さらに、最近はやりのクラウドファンディングです。READYFORという会社が結構有名ですが、この会社ができたのも同じ年なのです。この頃からふるさと納税も有名になっていって、どんどん活発になってきていますよね。私たちが暮らしているこの10年ぐらいの間に日本という社会そのものが相当変わってきているのです。
先ほど福祉国家という話をしましたが、それに対し、今は福祉社会と言われています。それは、国が全部をやるのではなく、人々の共感から生まれる善意の資金でみんなが暮らしやすい社会をつくっていこうという考え方に世の中がなっているのです。そういう中で動物園は何ができるかを考えなければいけないわけです。
例えば、ふるさと納税の有名なものの1つに首里城があります。
皆さんもご存じですよね。火事になってしまいました。約半年で5万人が9億円ぐらいのふるさと納税をしています。9億円もあったら結構な建物は建ちます。首里城は9億円では建たないとは思いますけれどもね。しかも、これは返礼品なしなのです。そこがすごいところですよね。
動物園の業界でもあります。富山市ファミリーパークが中心になった保全目的のクラウドファンディングです。これは、公社が管理するライチョウ基金でして、ふるさと納税ではありませんが、1,174名という結構な人数が2,600万円を寄附していまして、目標の2倍に達しました。1人平均で言うと2万2,000円です。先ほどの首里城は、人数は多かったのですけれども、1人平均で言うと1万8,000円なので、そんなに変わりません。
実は、ファンドレイジングの一般論として、寄附額の8割は2割の人が寄せると言われています。高額寄附者が大事だというのはファンドレイジング業界の常識なのです。
今、こういうことが幅広く行われるようになって、先ほど言ったREADYFORの続きです。那須どうぶつ王国という民営の動物園が中心になって保全を看板にしたクラウドファンディングを行いました。プロジェクトの支援を要請するものですが、うまいのですよ。そして、ここの園長がすばらしい方なのですよ。何はともあれ、開始2日で第1目標の1,000万円を軽く突破しました。たった2日で1,000万円ですよ。
実は、プロジェクト型のファンドレイジングというのは、スタートダッシュ分を内々に固めておいて、スタートするからよろしくねとあらかじめみんなに言っておくのです。スタートして成功して、「おっ、やっているじゃん」ということからお金がさらに集まってくるという構造です。
このとき、地元のテレビ局、新聞は全国紙も含めてアピールをやっていらっしゃっていまして、園長にお話を伺ったら、かなり周到に手間をかけて準備をして、「いや、大変だったよ」みたいなお話を聞きました。でも、こういうことは手間暇がかかるのです。

スライド72 円山動物園の寄付募集

さて、円山動物園はどうでしょうか。そこを見てみましょう。
2007年から寄附金の募集を強化していらっしゃって、年間1,000万円の寄附と数百件の餌の寄贈があるということです。また、2015年から札幌円山動物園サポートクラブができ、動物たちがより幸せに暮らせるための寄附募集をやっています。60万円、130万円という感じでお金が順調に集まってきているのはすばらしいところですよね。
実際、2015年段階では、目的や金額を明示して寄附を集めたようですね。こういうものをキャンペーン型というのですが、先進事例の1つだと思います。かつ、寄附のご案内や年度ごとの一覧など、全てをホームページ上に載せていらっしゃるということで、とてもしっかりしていると思います。でも、残念ながら、あくまでも年度単位なのです。
実は、その後もやっていらっしゃるようなのですけれども、金額が上がっていないのですよ。年間1,000万円の寄附金が集まるところが数十万円規模でずっとやっていらっしゃるということで、私としてはもう少し頑張っていきましょうよと言いたいのです。
ここでは、桁を上げるだけではなく、何年か分を集め、固めて使う仕組みが必要になってくるのです。先ほどのことで言うと、年間1,000万円集まるものをまとめて使うにしても、そのおかげでこんなものができたのですということをきちんとお伝えしていくことがとても大切だと思います。そこがクラウドファンディングとずれが出てきているところかなと思っています。

スライド73 (古くて新しい)動物園と寄附

実は、動物園と寄附にはすごく古い歴史があります。日本平動物園ができた1960年代に幼稚園児たちによる1円募金が行われたという記録が残っています。京都の場合は明治時代です。もともと、寄附金からスタートしているのです。当時のお金で1万4,000円だったのですけれども、何をつくるかの検討をして、動物園をつくりましょうという話になりました。総工費3万2,000円で動物園ができています。そのうちの4割が寄附金です。つまり、日本で2番目の動物園は4割が寄附でできたのです。
その後、2010年にリニューアルをするということで入場料を100円値上げしたのです。それを基金に積み立てて、今、リニューアルが終わったところです。

スライド74 京都市動物園では・・・

その京都の動物園を見てみましょう。ここに木道があって、上のところからキリンなどが見られるのですけれども、この木道は、幼稚園の子ども、その保護者や家族からお金を集めてつくったのですと書かれています。

スライド75~79 寄付の事例(京都)

日本で最大の遺産の寄附の事例もあります。
これはゴリラ舎ですが、施設整備費3億円のほぼ全額が寄附で賄われました。そこに上野生まれのモモタロウくんというゴリラがいます。この子はどこで寝ているのかというと、こんなに高いところです。おっ、さすがゴリラだなと思いますよね。
モモタロウくんがこれをやっているのはいいとして、ゲンタロウくんという子どももパパと同じような格好で寝ているのですが、その子がここにいます。こんな高いところにいて平気なのだなと思います。でも、下ではお母さんがちゃんと見守っているのです。
こういった施設が寄附で実現していて、国内でも例が出てきているわけです。

スライド80 寄付の事例(旭山)

また旭山動物園についてです。
第2こども牧場には特に典型的なパネルがありましたけれども、1億円の遺贈寄附がありました。そこにはメッセージがあるのです。中村さんは、亡くなる直前「私のようなものでも一生懸命努力をすれば、社会に貢献することができる。次代をになう子供たちにこのメッセージを残してほしい」とおっしゃっていましたというメッセージが動物園内に掲げられているわけです。
動物園というのはそういうことができる場所なのです。そういったことをこれからの動物園はうまくやっていかないといけないのです。お互いにメリットがあるようにということです。

スライド81~83 寄附の事例(横浜)

こちらは、横浜の事例です。
これもやはり遺贈寄附です。1,000万円単位の遺贈寄附でビューポイントができ、ライオンがとても見やすくなりました。
といいましても、そんなに大きな金額でなくてもいいのです。
アニマルペアレントという横浜の仕組みがあるのですが、この切り株の隠れ家は寄附金で設置しましたよと書かれています。こういった事例は国内でも非常に多くなってきているのが現状です。

スライド84 ドナーピラミッド

ここで改めて整理します。
もともと、来園者というのは潜在的な寄附者として位置づけられます。それが寄附をしてくれたり友の会に入ったりすると、初回の寄附者みたいな扱いになります。そして、会員資格を更新し、動物園を全面的に支援するようになってきて、その後は大口寄附者になり、最後に遺贈寄附ということで、死して動物園に名を残すという流れです。
こうしたことをやっていくために重要なのは顔の見える人間関係だと言われます。それは、社会関係資本でして、経済学的にいうと、ソーシャル・キャピタルと言われるのですが、人間関係はとても大事なのです。だって、遺産として残すのだから信頼関係が大事ですよね。つまり、ファンドレイジングというのは人間関係づくりなのです。だから、教育と親和性がすごく高いのです。
また、寄附というのは行動の変化なのです。それも時間のない人にもできる行動です。行動の変容というのは環境教育が狙うところですよね。環境教育というのは、いい世の中にしていくため、人々の行動を変えさせていかなければいけません。そうした環境をつくるために寄附という行為を取ってもらうことによってそれを保全に結びつけていこうということが動物園にはできるわけです。日本の動物園、水族館は伝統的に手を出してきませんでしたが、ヨーロッパやアメリカでは普通に行われているわけです。
ここで遺贈の話をちょっとしておきます。
動物園を媒介にし、人と人をつなげて、有意義で、孤独でない人生を提供するということですが、こうしたことを動物園ではできるのです。チューリッヒの動物園はそういうことを本当に熱心にやっていらっしゃいました。

スライド85 コロナ禍とファンドレイジング

例えば、今はコロナです。このコロナの時代にファンドレイジングはどうあるべきかはこの業界でもやはり大きな話題になっています。ファンドレイジングで問われるのは、コロナ以前に戻ることではありません。よりよい世界にするために今こそ何ができるのかを考えなければいけないとされています。
そこで大切なのは、ふだんからの人的なネットワークの構築で、一人一人との関係を大切にして、相手に合わせて提案したり、相手の知恵も活用しながら新しい局面に挑むようなレジリエンス、しなやかな強さという言葉が使われるのですけれども、それが大事なのだということです。そして、その社会関係資本、人的ネットワークを大切に育て、多様な財源を確保できていたNPO団体はコロナ禍でも影響があまりなかったというのです。それは、オンラインで十分お金が集められるからだそうです。でも、それができていないのが日本の動物園の現状で、入場者が来なくなったら、その分、収入が減ってしまいますというわけですが、それはいかがなものですかという話をせざるを得ないわけです。

スライド86 いい動物園って何だろう?(講義ポイントのリスト)

さて、まとめます。
動物園というのは、そもそもが気高い野生動物展示施設であって、重要なのは非営利、チャリティーであることだというのが世界的な流れです。また、日本の動物園は、いろいろな役割を果たしてきたかもしれないけれども、いい動物園とするためには保全や動物福祉が必要になってきます。でも、それを自治体だけでやるのはやはり無理があって、人々の思いから生まれる善意の資金の後押しが必要になってくるのではないかということです。

スライド87 結論

先ほど申し上げたとおり、動物園は市民と世界をつなぐ鍵になり得えます。しかし、いい動物園は自治体だけではつくれません。人々の思いの力が必要です。人々の共感の力が生み出す善意の資金が保全とか動物福祉を追求していく上で不可欠になるはずです。
これで私のお話を終わらせていただきたいと思います。
ご清聴、ありがとうございました。

 

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