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○東京動物園協会発行「どうぶつと動物園」掲載記事全文(2002年6月号)○
~札幌市円山動物園 本田直也~
ヨウスコウワニは中国東南部の揚子江下流域にすむ小型のワニで,近年は環境破壊や狩猟などにより,野生個体数が激減しています。 冬眠をするなどの独特な生態から飼育下の繁殖例が少なく,中国と米国の屋外飼育場で成功しているだけで,屋内飼育での繁殖例は過去報告されていません。円山動物園では現在,1994年に中国から来園したオス1頭(体長150cm,14歳),メス1頭(体長130cm,14歳)の成個体を飼育しています。飼育施設の広さは28.8m2で,3分の2が陸部,3分の1が水深55cmのプールとなっています(写真1,2)。年間を通して温風暖房をしており,24~28℃の室温,23~27℃の水温を常時保つことができます。野生のヨウスコウワニは,巻き貝や甲殻類といった低カロリーの食物を大量に食べています。飼育下で,それらを常時用意しておくことは非常にむずかしいため,代用食として,マウス,ラット,ウズラ,ヒヨコを使用しています。しかし,これらは本来の食べ物より高カロリーなので栄養過多になりやすく,肥満などのいろいろな栄養障害や代謝障害が生じると推測されます。私が考える理想的なヨウスコウワニの体型は「お腹のラインはすっきり,それでいて尾が太くがっちり」というものです。
写真1 ヨウスコウワニの展示場
写真2 ヨウスコウワニのオス
1.繁殖までのイメージを組み立てる
2.実際の経過
3・産卵とふ化
4.子ワニの成長
5.望ましい飼育環境とは
ヨウスコウワニは,他の温帯産爬虫類と同様に,冬眠が繁殖に大きく関わっていると考えられています。彼らは10月末から約半年間,地中に掘った穴の中で冬眠し,春の気温上昇や日照時間の変化が刺激となって発情し,交尾をするとされています。実際に冬眠をさせている上海動物園をはじめ,繁殖に成功している中国や米国の飼育施設がすべて屋外であることから,自然環境にさらすことが成功の秘訣のようです。しかし,1年をとおして屋内施設で飼育する場合には,繁殖に必要な条件を満たすことはきわめて困難であり,刺激の少ない満たされた環境におかれた個体は,非常に無気力に見えます。
私は「あまりにも過保護な環境」自体が繁殖を妨げる大きな要因のひとつではないかと,常々考えていました。実際,温帯産の爬虫類でも冬眠をさせずに繁殖させた例は少なくありませんが,無精卵が多い,産卵が1度きりで終わってしまう,オスの発情がダラダラとつづいて年を経るごとにメスの発情のタイミングと一致しなくなる,などの弊害を見てきました。冬眠させることなく,毎年野生と同時期に発情を誘発し,繁殖させられる飼育パターン,つまり「継続的に繁殖をおこなえる飼育方法」を確立しなければなりません。
そこで私は,ヨウスコウワニの餌の量と内容について,1年間を飽食期(2回),維持期,絶食期の4ステージに分け,大幅な変化をつけると同時に,環境面でも多様な刺激を与えることで「繁殖に関する何らかの機能のスイッチ」をオンにできないだろうかと考え,産卵までの具体的なイメージを頭の中で組み立てて,何度も繰り返して考えてみました。
図1 発情・交尾にいたるまでの給餌量及び給餌内容の変化
(1)維持期(夏季;2000年6月~8月)
2000年6月の時点でオス・メスともにやや肥満気味でした。そこでダイエットも兼ねて,6月から8月の3ケ月間は水洗いをした冷凍のウズラとヒヨコを 月に1~2回給餌するのみとしました。水洗いは血や脂肪を洗い流して,できるだけ餌の栄養価を下げるためです。
(2)1回目の飽食期(秋季;2000年9月)
冬の絶食期に備え,マウス・ラットなど高栄養の餌を週に2~3回,各1~2匹与えました。9月末の段階で,個体の様子などから「数か月間の絶食は可能」と判断しました。そこで,発情を誘発させたい時期を3月以降と決めて,10月から翌年1月までの4ケ月間を「絶食期」と設定しました。
(3)絶食期(冬季;2000年10月~2001年1月)
絶食期の間,2頭とも特に衰弱する様子もなく,お腹のラインが引き締まって理想的なプロポーションに近づきました。健康なワニにとって数ケ月間の絶食はまったく支障がないようです。この間はプールの換水回数を減らし,換水のときには冷水を使用してエネルギーの消耗をできるだけおさえました。この期間中,オスがメスに対してマウント(交尾姿勢をとること)しているのを何度か確認しています。 「絶食させて生命の維持に対する危機感を与えると,オスの繁殖行動が活発になる」という報告をよく聞きますが,そのとき「メスがオスを受け入れる状態にあるのかどうか」が重要な問題になります。飼育者はオスとメスの発情のタイミングが合うようにお膳立てしてやる必要があります。
(4)2回目の飽食期(春季;2001年2月~)
繁殖までのイメージを組み立てたとき,この「飽食期」が最も重要な時期だと感じていました。長い期間餌を与えていなかったので,まず,水洗いしたヒヨコの肉片を少量与えて消化器官を動かしてやることから始め,その後は,適量の爬虫類用の総合ビタミン剤,ビタミンD3入りのカルシウム剤を投与したマウス,ラットを週に3~5回,各3~5匹与えつづけました。つまり絶食から一気に高栄養の餌を与えることにより,ワニの行動に変化が生じるのを期待したのです。
(5)発情の誘発
2回目の飽食期開始から約半月後,オス・メスの「鳴き合い」が活発になってきました。オスが鳴くと,声にすぐ反応してメスも鳴くという具合です。これは普段あまり見られない行動でした。オスが水中で鳴くと,陸上にいるメスもかならず水中に降りてきて活発に鳴き合いが始まります。これをきっかけにして,互いに頭部をやさしく噛み合ったり,マウントし合ったりした後,オスが積極的にマウントするという,一連の求愛行動が頻繁に見られるようになりました。求愛行動はおもに夕方4時頃から始まり,必ず水中でおこなわれました。交尾は夜間におこなうため,直接確認はしていませんが,朝出勤するとプールが非常に汚れていて,夜間の活発な行動をうかがわせました。
(6)繁殖行動をさらに活発化させる
これらの行動からオス・メスともに強い発情がきていると判断して,さらに繁殖行動を活発化させるために,さまざまな刺激を与えることとしました。求愛行動はすべて水中でおこなうので,水中で過ごす時間を長くするために頻繁に換水しました。通常は約35℃の湯がプールにたまる仕組みになっており,ワニはその温かさを求めてプールに入ります。夜間もプールへ誘導するために,一日中,少量の湯を出しっぱなしにしておきました。また,ときどきは急激に冷水を入れたり,一気に水位を上下させたりするなどの刺激も加えました。水生ガメのプールを換水したときに,急激に冷水を加えると直ちに交尾を開始することが度々ありました。急激な水温変化が刺激になると思われたので,ワニにも応用してみたのです。その結果,普段はあまり見られない日中の時間帯でも求愛行動を確認しました。
「動物舎の窓をたたく」こともしました。観客通路側の窓をたたくと,その音と振動に反応し,この時期は必ずオスが最初に鳴き始めます。2頭が陸上で休息している場合でも,まずオスが反応してわざわざ水中に降りてきて鳴き始め,オスの声に反応してメスも水中に入り,一連の求愛行動が始まります。このように「窓をたたけば,発情中ならいつでも求愛行動を誘発できる」ことは,発情の確認や,求愛行動の観察に非常に有効な手段となっています。
また,生きたマウスやラットを放し,ワニに獲らせたりもしました。日常と違う変化が何かしらの効果を生むのではないかと期待したのです。とにかく,ペアに強い発情がきている間は,「プラスに働くかマイナスかは,やってみなければわからない刺激」も含めて与えつづけ,彼らをどんどん動かしてみました。結果的にどの刺激もプラスに働いたようです。
(1)産卵の徴候
4月に入り,メスの腹部がやや大きくなっていることに気がつきました。食欲が落ちて動きも鈍くなりました。決定的な交尾は確認できなかったのですが,妊娠していると判断し,陸上の一部をよしずで囲い,中に腐葉土とミズゴケを大量に敷き,上部からスポットライトを当てて産卵場所をつくりました。4月中旬に入るとメスは完全に餌を食べなくなり,私が掃除のために展示場に入ることを極端に嫌がり,非常に神経質となりました。下旬には一日の大半を囲いの中で過ごし,人との接触をいっさい拒絶するようになったため,観客通路以外からの観察をできるだけ避けるようにしました。
(2)土に埋められた卵
5月14日早朝,プールの水が土で真っ黒に汚れており,囲いの中に大きなマウンド(塚)ができていたので,産卵したものと判断しました。マウンドを掘ると20個の卵がありました(写真3)。展示室では微妙な温度・湿度のコントロールがむずかしいため,これらの卵は直ちに温水式のふ卵器へ収容しました。平均で卵の大きさは長径63mm・短径36mm,卵重50gでした。ふ卵器内は温度31℃,湿度80%に保ちました。ワニは,子の性別がふ卵温度によって決まります。 設定した器内温度は,雌雄どちらかに偏ることなく,両性の出現する確率が最も高いとされている温度です。
メスは非常に衰弱しているようでしたが,産卵直後から食欲をみせたので,すぐに給餌をして体調の回復を図りました。
(3)卵の変化
卵をふ卵器へ入れた翌日,4つの卵の上部に白点が現れました。有精卵であることの証拠です。4日目には白点が帯状となり,26日目頃にはこの白帯が卵を一周しました。発生が見られなかった無精卵にはカビが生えてきたので,健康な卵に悪影響を与えないように除去しました。
(4)3頭の子ワニがかえる
ふ卵器に入れてから64日目の7月9日,2つの卵にヒビが入り,中から鳴き声が聞こえました。ふ化です(写真4)。
野生の母ワニはふ化を手伝い,このときに子ワニを外に出してやるのですが,私はただ見守ることにしました。そしてこの日の夜に2頭が,その2日後の66日目にもう1頭がふ化しました。残り1個の有精卵は中止卵でした。
幼体の大きさは体長約21cm,体重約30g,黄色と黒のコンストラストが鮮やかで,非常に美しくかわいらしい姿です。
写真3 マウンドの中の卵 20個産んでいた。 |
写真4 ふ化直前の子ワニ。 黒と黄色の色合いが鮮やか |
子ワニ用の飼育ケージは,幅60cmの水槽に水を約3cm張り,陸部としてレンガを置いて,爬虫類用蛍光灯とスポットライトを設置しました。ケージ内温度は25~33℃で,スポットライト下は40℃としました。現在は250×95cmの展示場へ移動し,愛らしい姿で来園者の人気を集めています。
最初の給餌はふ化後7日目におこないました。後脚を切り落としたフタホシコオロギを目の前に投げ入れてやると,3頭ともすんなり食べてくれました。餌は週に3回,栄養剤をふりかけたコオロギを各3匹程度とし,ときおりマウスの赤子も与えていましたが,急成長による障害を防ぐために,現在は週1~2回に減らしています。
最初は人が見ている前では,なかなか餌を食べようとしないほど神経質でしたが,現在では私が姿を見せると走り寄ってきて手から餌を取り,体に触れることもできるようになりました。非常におとなしく,しかも小型で扱いやすいことがこの種の最大の魅力であると思います。
2002年4月現在,子ワニたちは体長約33cm,体重約110gにまで大きくなり,順調に成長しています。
通常の飼育において重要なのは,「自然におけるプラス要因のみを重視したり,満たされた環境だけを動物に提供したりするのではなく,マイナス要因も視野に入れたうえで,動物の覇気がなくなったり無気力になったりすることがないよう,メリハリのある飼育を心がけること」であると私は常日頃考えています。
今回このようにさまざまな工夫を施すことによって,屋内のみの施設でヨウスコウワニの繁殖に初めて成功したわけですが,果たしてこの方法で継続的に繁殖をおこなえるのかどうかはまだわかりません。しかし,今年も昨年同様のやり方により,さかんに繁殖行動が観察されているので,2回目の繁殖に期待をしているところです。
今後は,継続的な繁殖のための技術を確立し,累代繁殖までを含めて,幼体の生育に関する研究をつづけたいと考えています。そして,飼育技術者の立場から種の保存に貢献できればすばらしいことだと思います。
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