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更新日:2011年2月25日

藤野地区

石山と簾舞の間にある国道230号沿いの地区で白川を含む。
旧豊平町大字平岸村字簾舞・簾前・ミソマイ・野の沢・オカバルシ川沿・オカバルシ川上、簾舞オカバルシ上流を含む地域であった。
昭和19年(1944年)の字名改正で藤の沢と野々沢の頭文字をとり藤野と改称した。
藤野の歴史は、「マルジュウゴボシ」の屋号を持つ石狩の大漁師である村山伝兵衛が船をつくる木材を切り出したことで始まった。
丸重吾の沢・上野々沢・下野々沢に区分され山鼻・篠路屯田の公有地が多く、明治14年(1881年)ころから屯田兵らによる開墾が始まった。
明治16年(1883年)に野々沢に入植者が入り、明治30年(1897年)ころから入植者も増加していった。
大正から昭和にかけては果樹・野菜供給地として発展し、昭和初期には空沼岳登山コースや、藤の沢スキー場の開設、戦後には十五島公園も開園し観光産業が進展した。
昭和30年代には、定山渓鉄道の駅の新設や国道の舗装により宅地化が始まった。
豊平川の対岸地区が白川で、豊平川に注いでいる川からきた地名である。昔は「シロイカワ」と呼んでいたが、何時ころからか「シライカワ」と呼び、最近では「シラカワ」という言い方に変わっている。
白川は行政上、山鼻村に始まり、藻岩村、円山町と札幌市の一部として歩んでおり、豊平町に属していた藤野地区とは沿革を異にしている。
また、札幌市と豊平町の合併後も簾舞地区に属していたが、白川小学校の藤野小学校への統合と地理的利便性から昭和52年(1977年)に藤野地区に編入されている。
白川の歴史は、明治31年(1898年)篠路屯田兵の小村亀十郎が白川道路(俗称「崖(がんけ)」)の開削に始まる。小村は、開拓の指導や教育などに尽くしたのち、大正4年(1915年)に新たな開拓地を目指してこの地を去った。
藤野地区は、都市基盤の整備も進み一大住宅地となっているほか、国道230号沿いには、大型商業施設が列をなす地域となっている。

 

藤の沢神社 詳細画像を見る

 

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愛鳥碑(小鳥の村)

小鳥の碑(藤の沢小)

鶴岡新太郎先生之像 鶴岡トシ先生之像(文教短大)

誓(碑)(十五島公園)

定山渓鉄道藤ノ沢駅跡 火の見櫓建立跡地(藤野2~2)

天照皇大御神(碑) 佐藤義男翁(碑)(藤野神社)

導き地蔵尊

定山渓鉄道十五島公園停留所跡

火の見櫓・野々沢倶楽部跡地

庚申塚建立跡地

定山渓鉄道下藤野停留所跡

馬頭観世音碑 藤野開基百年記念碑(札幌藤野神社)

まるせん坂(札幌藤野神社入口)

風雪百年(碑)(藤野公園)

馬頭観世音(碑)(白鳥園)

天野宗軒句碑(札幌育児園)

庚申塚(高見台会館前)

山乃神(碑) 藤野開基百年記念碑(藤の沢神社)

紀念碑(白川開拓記念碑) 開基百年記念碑(白川)(白川神社)

 

※「碑を訪ねて」は南区の郷土史の資料の充実を通じてふるさと意識の向上を図ることを目的に掲載しているものであるため、寺社等、札幌市が管理していないものも掲載しています。

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札幌市南区市民部総務企画課

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