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安政4年(1857年)に行われた札幌越新道の開削に伴い、豊平川に渡し守が必要となった。6年には志村鉄一が永住し、通行屋の番人などを行った。明治4年(1871年)に現在の岩手県などから多くの人が平岸や月寒に移住。平岸村、月寒村、豊平村の合併などを経て、41年に町制が施行され豊平町となった。
農業が盛んで、特にリンゴは明治時代から平岸を中心に栽培され、「平岸リンゴ」は昭和初期には海外に輸出されるほどであった。また現在の国道36号に沿いは、月寒付近に陸軍が駐屯し、街道に沿って商店や工場が立ち並ぶなど、にぎわいを見せ、その後、陸軍跡地は月寒公園や月寒体育館等となっている。
豊平町は、昭和36年(1961年)に札幌市と合併。47年の区制施行により旧豊平町の地域は豊平区と南区になり、その後、著しい人口増加などのため、平成9年(1997年)に南東部が清田区として分区し現在の豊平区の形となった。
令和4年に区制50年が経過したことを機に、豊平区のこれまでの歴史をまとめました。
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