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更新日:2019年3月11日

西岡・福住地区

 西岡・福住地区のとよひらふるさと再発見一覧

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  • ★印の個所には「とよひらふるさと再発見プレート」が設置されています。

116.旧リンゴ倉庫 ※現存しません

〔所在地〕西岡4条13丁目

リンゴが本道に渡ってきたのは明治中期で、本格的にリンゴの苗木が移入されたのは大正13年頃からであった。収穫と保管用の倉庫は初め、石山軟石を使用したが、昭和25年頃にレンガ倉庫に変わった。

117.旧リンゴ倉庫 ※現存しません

〔所在地〕西岡4条10丁目

昭和28年建築。内部は、地下・半地下・地上と3つにわかれているほか、冬期間、寒気が入らないように壁のレンガの積み方にも工夫がこらされた立派なものであった。

旧リンゴ倉庫 旧リンゴ倉庫

118.旧リンゴ倉庫

〔所在地〕福住2条5丁目

旧リンゴ倉庫リンゴの最盛期の昭和25年頃、福住には22町歩(約218ha)ものリンゴ畑があった。しかし、昭和38年頃を境に消費者の嗜好の変化からリンゴの人気もかげり、廃園。リンゴ倉庫だけが宅地の中に取り残された。

119.レンガ造り倉庫 ※現存しません

〔所在地〕西岡4条11丁目

レンガ造り倉庫合掌式のキング建て倉庫で、レンガ造りのものは特に珍しいが、頑強で、かつ土台などが腐食しないことから、昭和20年以降リンゴ倉庫として使用されるようになった。その後は、各種の資材や青果の保存等に使われていた。

120.福住寺(ふくじゅうじ)

〔所在地〕福住1条1丁目3-1

福住寺明治26年に説教所を建築し、同35年に寺院建立の許可を受けた。現在の建物は、昭和59年に新築したもの。福住の地名はこの寺名からとったもので「福が住むところ」という意味合いで、昭和19年に称せられた。

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121.サイロ ※現存しません

〔所在地〕福住3条3丁目

福住で乳牛が飼育されたのは大正10年頃から。戦後は酪農振興が図られたが、福住地区は水の便が悪く苦労した。昭和35年頃から宅地化の進行により次々と廃業。

122.サイロ

〔所在地〕西岡5条3丁目

サイロ西岡では、大正末から昭和初期に乳牛が飼育され始めたが、水利や牛乳の集荷に大変苦労した。このサイロは、昭和30年頃に建築された。

123.札幌ハリストス正教会

〔所在地〕福住2条2丁目3-5

札幌ハリスト正教会札幌ハリストス正教会顕栄堂。明治21年に設立。昭和11年、今の中央区南7条東1丁目に建設されたが、札幌オリンピック開催にともなう道路工事のため昭和46年、現在地に移転。

124.馬頭観音

〔所在地〕福住1条4丁目13-20 厳島神社

馬頭観音大正末期に建立したもの。馬は、農業に機械が導入される前は各戸に少なくとも1~2頭は飼育され、家族同様に大切にされた。死んだ馬は畑に埋葬し、馬頭観音を建ててその霊をまつったものである。

125.厳島神社

〔所在地〕福住1条4丁目13-20

厳島神社明治17年頃は広島県からの移住が多く、故郷の厳島神社をまつろうと分神を奉じた。豊平町最初の神社で、明治33年に今の社殿ができたが、同37年月寒神社に吸収された。今も地区の人々の心のよりどころである。

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126.西岡八幡宮

〔所在地〕西岡4条8丁目7

西岡八幡宮明治23年兵庫県から入植した森金蔵氏は焼山番外地に淡路國神代村八幡神社の御神霊をまつった。同26年現在地に移転。同39年に神殿建立。祭神は応神天皇、神功皇后、比売姫命。平成2年に鎮座100年を迎えた。

127.不動明王

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕西岡公園

不動明王西岡水源池の堤防を守るためにまつられ、祭事は昭和20年頃まで行われた。

128.油沢(あぶらさわ)地帯

〔所在地〕西岡

油沢地帯明治の初め頃、沢の一部に原油が涌き出てきたことから、この一帯は油沢と呼ばれた。何度も石油の試掘が行われたが失敗に終わった。当時地元の人々はそこから油をくみ、荷車の心棒の潤滑油として使っていた。

129.西岡水源池

〔所在地〕西岡公園

西岡水源地明治30年築堤。当時はコンクリートの堤防ではなく、粘土を固め、水際には敷石を施したものだった。明治42年から月寒の歩兵第25連隊の水道貯水池として使われた。

130.羊ヶ丘住宅地

〔所在地〕福住

羊ヶ丘住宅地昭和32年、栗林元二郎氏が札幌緑地都市株式会社を設立し、月寒学院(八紘学園)の土地に加え、隣接農地を買収し、東京田園調布の高級住宅地を模した宅地にすべく造成。

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131.西岡小学校跡

〔所在地〕西岡4条9丁目3

明治の頃、西岡小学校は福住桑園通の西岡橋付近にあった。昭和11年に現在の西岡福住地区センターの位置に移り、その後西岡2条9丁目に移転した。

132.西山公会堂跡

〔所在地〕西岡4条8丁目

西山公会堂跡大正6年、西山青年団の発起により建立。地域の人々がさまざまな催しに利用した。昭和2年改築。昭和45年西岡第一会館として建設(※西岡第一会館は現存していません)。

133.水車発電機跡

〔所在地〕西岡公園

昭和10年頃から、望月寒川の水を引き、水車で発電機を回して電気をともした。これが西岡の最初の電気である。西岡では昭和20年代も家庭にほとんど電気が通らず、石油ランプなどを使用した。

134.レンガの土取場跡

〔所在地〕福住1条4丁目

明治19年、この付近に白石村の鈴木レンガ工場の分工場が設置され、屋根がわらを生産した。原料不足のため明治末期に閉鎖。この屋根がわらは歩兵第25連隊建物の建設に使われたといわれる。当時の土取場跡である。

135.レンガ工場跡

〔所在地〕西岡4条3丁目

明治26年頃、レンガ工場が建設され、付近の粘土を原料土としてレンガを生産。北海道庁舎や歩兵第25連隊兵舎等の建設に使用されたが、原料土の不足で工場は明治末期に閉鎖。跡は水田になった。

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136.燻蒸倉跡

〔所在地〕西岡4条3丁目

昭和7年に建設された軟石造りの燻蒸倉。米・麦・豆類等、穀物の害虫を殺虫剤でいぶす燻蒸倉は近隣の農家が使用した。昭和47年、水源池通の拡幅により取り壊された。

137.西岡八幡宮跡

〔所在地〕西岡3条3丁目5

西岡八幡宮の起こりは、明治20年代に入植した森金蔵氏が、出身地の兵庫県から御分霊を自分の敷地であったこの地にほこらを建てたことに始まる。明治26年、現在地に移転。

138.半鐘と番屋跡

〔所在地〕西岡3条11丁目

西岡地区は山火事が多く、焼山と称されていた。このため半鐘をつけた高い火の見やぐらが作られ、手押しポンプなど消火に使う道具を入れた番小屋が建てられた。

139.鹿道と六軒村発祥の地

〔所在地〕福住1条2丁目

北海道開拓の初期、札幌から千歳への道路は鹿道と呼ばれ、現在の月寒小学校から第一高校を通り、福住、農業試験場を抜け、千歳にいたる狩猟の道だった。明治4年、岩手県からの移民がその道路沿いに6戸入植し、六軒村と呼ばれた。

140.玉田守の碑  ※現存しません

〔所在地〕福住1条6丁目11

玉田守の碑昭和17年5月20日、9機の僚友とともに爆撃機に見立てた標的機への攻撃訓練中、標的機に接触して主翼の一部をもぎ取られ、墜落死した玉田守軍曹(当時19歳)の慰霊碑。

141.力石

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕福住1条4丁目13-20 厳島神社境内

力石明治時代から、各地の農村には青年農蓄会、西通青年会、豊平町青年団西通分団、福住青年会など青年の集合団体があった。この石は長い間、多くの青年たちの力比べに使われてきた。
実際に使用された石は、昭和35年頃に盗難にあったため、現存する石は昭和45年に福住地区の畑で掘り出された形状の似た石を移設したものである。

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