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更新日:2018年3月8日

月寒地区

月寒地区とよひらふるさと再発見一覧

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  • ★印の個所には「とよひらふるさと再発見プレート」を設置しています。

37.石倉と門柱

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕月寒東2条5丁目2-23

石倉と門柱昭和4年に吉村家が築造。旧豊平町(現南区)石切山産の軟石で造られ、耐火性、保温性、耐久性、通気性に優れている。石倉には麦豆類、野菜、果物などを貯蔵した。現在は、門と塀のみが残っている。

38.月寒小学校旧門

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕月寒西2条5丁目1 月寒小学校

月寒小学校旧門大正14年に大久保清太郎氏と松本久二氏が寄贈。使用したレンガは月寒にあった大久保レンガ工場で焼いたもの。昭和47年12月に現校舎が新築されるまで月寒小学校の正門として使われた。

39.営門の松

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕月寒中央通5丁目2

営門の松明治29年、独立歩兵大隊が置かれ後に歩兵第25連隊に改編された。この兵営正門(営門)前に植えられた2株の松の1つが今に残っている。この門から多くの兵士が出征、凱旋するのを見守った松である。

40.軟石づくりの横穴式リンゴ貯蔵庫 ※現存しません

〔所在地〕月寒西4条9丁目

吉田直一郎氏が、昭和22年から26年にかけて斜面を利用して造った越冬用リンゴ貯蔵庫。石山産の軟石を使い、天井は軟石をアーチ型に組む。幅3.6メートル、奥行き7.2メートル、高さ約3メートルで、広さは約26平方メートル。

41.アカマツ

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕月寒西1条9丁目 札幌第一高等学校

アカマツ歩兵第25連隊の設置に伴い、札幌衛戊病院が開設され、この地にアカマツが植えられた。昭和35年、跡地に希望学園札幌第一高等学校が誕生した。同校は歴史を残すこの松の保存に努力し、今も14本が残っている。

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42.旧たくんち

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕月寒西1条7丁目1-1 サッポロ珈琲館

旧たくんち建築家倉本龍彦氏の設計による第1作。昭和47年、自宅として建築され子息(倉本琢)の名にちなんで、「たくんち」と名づけられた。同58年に増改築。3階建てで木製の下見板を使った独特な外観がおもしろい。現在は喫茶店。

43.月寒神社

〔所在地〕月寒西3条4丁目1

月寒神社月寒、福住移住者が広島県厳島神社の市杵嶋姫命と農耕の倉稲魂命の2柱を月寒村西通7番地(現福住2条4丁目)に小さなほこらを設けたのが起源。大正7年、現在地に再度移転。

44.北部軍司令部正門門柱

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕月寒西2条7丁目2 平和公園

北部軍司指令部正門門柱昭和15年に東北、北海道、樺太、千島にある師団を統括する北部軍司令部が月寒に開設された。戦後、その敷地をアメリカ駐留軍が「キャンプ・シーデンバーグ」として使用。門柱は平和公園に移設された。

45.月寒公園

月寒公園明治の終わりに「千城台」と名付けられ、歩兵第25連隊の小演習場として使われた。明治38年、豊平村に移管され、住民奉仕で整備された。戦後、旧陸軍射撃用地も加わり、現在は総合公園として区民に親しまれている。この公園は広域避難場所となっている。この表示のうち一つはソーラーパネルがついている珍しいもので、市内では中島公園、美香保公園と、ここの3ヵ所のみ。昭和60年ころに「ほくさん」から寄付を受けたが、メンテナンスされておらず、平成9年2月現在は故障中。

46.ポプラ群

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕月寒東2条2丁目4

昭和15年、北部軍司令部が設置され、司令官官邸(現つきさっぷ郷土資料館)が建てられた。官邸周囲の景観を整備するため、当時地元有志により植えられたポプラの苗木が育ったものである。

ポプラ群 ポプラ群

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47.月寒墓地

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕月寒西3条8丁目1

月寒墓地月寒の開拓が始まった翌年の明治5年、月寒村共同墓地として設置。明治時代は大木のうっそうと繁る寂しい場所であり、土葬または墓地の一角で火葬して埋葬したという。

48.一里標跡

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕月寒中央通1丁目

一里標跡明治6年、札幌ー室蘭間に札幌本道が完成した。このとき、創成橋を基点として1里ごとに里程標を設置した。一里標は月寒坂の下(現月寒中央通1丁目)に札幌に向かい左手側に土盛りをし、一里標と記した柱を建てた。

49.豊平町役場跡

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕月寒西1条6丁目 月寒児童会館

豊平町役場跡最初の旧豊平町役場は、現在の豊平4条6丁目におかれていたが、明治43年、豊平地区が札幌地区に編入されたことにより当地に新築移転した。その後、昭和31年に月寒中央通7丁目に移転するまで町政の中心であった。

50.歩兵第25連隊本部跡

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕月寒東1条5丁目1-1

歩兵第25連隊本部跡明治33年に設置された歩兵第25連隊は、現在の月寒東1-3から東2-8にまたがる敷地を持ち、当地に本部があった。同連隊は、昭和15年に樺太に移駐。本部跡の地下室は、現在も商店の地下倉庫として使用。将校集会所は月寒中央通7つきさっぷ中央公園に。明治33年に建てられ、その後札幌偕行社と改称された。戦後は豊平町農業会、豊平自治体警察署などに転用された後、昭和31年~36年まで豊平町役場庁舎として使用された。

51.最初の月寒巡査駐在所跡

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕月寒中央通9丁目

最初の月寒巡査駐在所跡月寒村の戸数増加に伴い、明治の中頃に治安維持のため設けられた。明治33年、月寒村46番地(現月寒中央通11丁目)に移転し、昭和23年まで業務を行った。

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52.大久保レンガ工場跡

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕月寒東2条10丁目 札幌東自動車学校

明治10年代後半、大久保清吉氏が農業のかたわらにレンガ作りを始めたのが起こり。現地は粘土に近い火山灰地で、レンガや土管を作るのに適していた。製品は、道庁赤レンガ、サッポロビール工場などに利用された。

大久保レンガ工場跡

大久保レンガ工場跡 大久保レンガ工場跡

53.歩兵第25連隊将校集会所、豊平町役場跡

〔所在地〕月寒中央通7丁目 つきさっぷ中央公園

歩兵第25連隊将校集会所、豊平町役場跡

49.豊平町役場跡50.歩兵第25連隊本部跡をご参照ください。

54.月寒村副戸長宅、月寒村教育所跡

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕月寒中央通8丁目4-1

明治4年、岩手県から44戸が入植し月寒の開拓が始まった。同5年、岩瀬末治氏が月寒村副戸長に任命され、自宅で事務を行い、同11年には月寒小学校の前身である月寒村教育所が同副戸長宅敷地に開設。

月寒村副戸長宅、月寒村教育所跡 月寒村副戸長宅、月寒村教育所跡

 

55.火の見やぐら跡

〔所在地〕月寒中央通5丁目

明治期に設置。昭和初期まで、このあたりは水田地帯であり、火の見やぐらからの遠望がきいた。国道36号線の舗装工事により取り壊された。月寒中央通5丁目。明治30年代半ば防火組合が誕生し、防火・消化活動を始めた。明治43年に私設の月寒消防組に改組され、大正9年、公立の月寒消防組として認可された。当時の消防活動の拠点であった火の見やぐら跡である。

56.道営札幌競輪場跡

〔所在地〕月寒東1条8丁目 月寒屋外競技場

昭和24年、北海道は旧陸軍用地に道営札幌競輪場を開設した。翌年から道営札幌競輪が開かれ、同29年には、北海道国民体育大会の自転車競技会場として使用された。昭和33年にその使命を終えた。広報さっぽろ昭和55年9月号豊平区民のページ参照。その他関連資料も資料棚の中にファイリングされている。

道営札幌競輪場跡 道営札幌競輪場跡 道営札幌競輪場跡

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57.四国西国観音霊場の観音像

〔所在地〕美園5条6丁目3-9 曹洞宗豊龍寺

美園地区33番をご参照ください。

58.道内最初の月寒水道

明治42年、歩兵第25連隊の兵営、衛戊病院などの軍施設に給水するため敷説された道内最初の上水道である。西岡水源池(現西岡公園)を水源に、水道管総延長は約8.3キロメートル。管の一部はつきさっぷ郷土資料館に展示。

59.吉田善太郎功労碑

〔所在地〕月寒西3条4丁目 月寒神社境内

吉田善太郎功労碑吉田善太郎氏は、明治4年に岩手県から入植した。厚別川から水を引くため、私費を投じて用水路(吉田用水)を開削するなど、月寒の発展に尽くした功績により大正9年に建立された。

60.阿部与之助功労碑

〔所在地〕月寒西3条4丁目 月寒神社境内

阿部の碑明治3年、来道した阿部与之助氏は、後に郷里から人々を呼び農地の開墾、山林の育成など地域の発展に大きく寄与した。また、行政、教育などの諸施設の建設に貢献した。功績を記念して大正9年に碑が建立された。

61.月寒村女講中(つきさっぷむらおんなこうちゅう)と千手観音

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕月寒西3条8丁目1 月寒墓地内

月寒村女講中と千手観音明治23年、開拓者の婦人12人が講をつくり、開拓の祈りと感謝を込めて月寒墓地に観音像を安置した。当初、南側の高地にあったが、昭和30年に現在地に移転。建立当時は「バァバ(おばあさん)の地蔵さん」と子供たちに呼ばれていたという。

62.阿部家の七面宮殿(屋敷跡)

〔所在地〕月寒中央通11丁目

七面宮殿は、阿部家の氏神である七面明神、法喜龍神、妙喜龍神が奉られている。明治40年、初代与之助氏が建立し、宮殿跡は2間(3.8メートル)四方、白木の板ぶきで流造りによる神社建築。

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