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更新日:2019年3月11日

平岸地区

平岸地区のとよひらふるさと再発見一覧

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63.軟石門柱

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸6条15丁目

軟石門柱札幌軟石で造られた門柱。札幌軟石は、約3万2千年前に支笏火山噴火の際噴出した溶結凝灰岩によりできたもの。

64.軟石門柱

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸1条16丁目

軟石門柱札幌軟石で造られた門柱。札幌軟石は、約3万2千年前に支笏火山噴火の際噴出した溶結凝灰岩によりできたもの。昭和7年建築。

65.旧リンゴ倉庫 ※現存しません

〔所在地〕平岸2条14丁目

旧リンゴ倉庫大正12年に建築された重厚な軟石造りの倉庫。

66.旧リンゴ倉庫

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸3条3丁目

旧リンゴ倉庫昭和10年建築、札幌軟石造りのリンゴ倉庫。

67.旧リンゴ倉庫

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸3条2丁目

旧リンゴ倉庫昭和10年建築。レンガ造り。

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68.平岸中の島三十三番観音

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸1条17丁目1-2

平岸中の島三十三番観音昭和10年、精進川の堤防上に平岸1条の道路を新設した。その脇に33体の軟石造りの観音像を置いたので通称観音通りと呼ばれた。戦後、進駐軍によるいたずらが頻発したので、昭和28年に一箇所に集めて安置された。

69.木の花団地

〔所在地〕平岸1条4丁目~5丁目

日本住宅公団が、札幌市の住宅不足を緩和するため建設した道内初の住宅団地。昭和33年の第1期から昭和36年の第4期工事まで、45棟(732戸)を建設。工事着手当時、平岸は旧豊平町で上下水道の施設はなかった。しかし、新しく建築された同団地は水洗便所式なので給排水施設を設置しなければならず、札幌市の特段の配慮で市の上水道から給水を受けた。また、排水は団地内2カ所に浄化槽を設置し浄化した汚水を札幌市の排水渠に連結放流した。これが、平岸地区で最初に敷設された上水道である。しかし、工事竣工時は札幌市になっていたので、この団地建設が平岸の住宅都市化を促す結果になった。

70.平岸街道(平岸通)

豊平地区12番をご参照ください。

71.東裏本通(ひがしうらほんどおり)

明治の初めの頃から開拓者の入植に伴って南に延び、明治40年頃、今の平岸霊園に達した道路である。戦後、屈曲部分が修正され、現在も平岸地区の主要道路(豊平平岸霊園線)となっている。

72.ミッテル道路(美園中の島線)

昭和3年、平岸街道と中の島の連絡のために開削。用地提供者がミッテル化学株式会社の薬品工場を経営していたので、ミッテル道路と呼ばれた。昭和23年、平岸街道から東へ延長し、東裏本道と連絡開通した。

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73.昭和通(東札幌中の島線)

昭和4年、幌平橋から平岸街道まで開通。同27年、平岸街道から東へ延長し、東裏、美園と連絡開通。幌平橋への直通道路として利用され、後にはバス運行の主要道路となった。

74.木の花通(米里行啓通)

昭和28年、平岸街道から現八条中学校南角まで開通。同29年春、用地提供者のひとりが、道路両側のリンゴの花が満開で美しかったのを見て思い浮かんだ「木の花」が通りの名称となった。

75.今崎道路(白石藻岩通)

昭和34年、今崎氏が土地を寄付し、中の島、平岸街道間に開削。後にアンパン道路と連絡。

76.精進川の滝

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸1条17丁目9

精進川は、明治中期から定山渓鉄道が開通する大正7年まで、木材の搬送に利用された。定山渓で切り出された丸太を豊平川に流し、中の島1条11丁目付近で精進川に送り、中の島1条1丁目付近で引き揚げ馬車で札幌に運んだ。平岸の河岸段丘は、西野集塊岩層により形成された。当時この河岸段丘が切れる川尻付近に滝があり、そこをアイヌ語で「オ・ソ・ウシ」といったので、それが転じて精進川と呼称されるようになった。

精進川の滝 精進川の滝

77.相馬神社の御神木

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸2条18丁目 相馬神社境内

相馬神社の御神木樹齢300年を超えている天神山・相馬神社の御神木。直径121cm、樹高10mで、昭和43年8月5日、札幌市の保存樹に指定された。同51年に天神山は緑地保全地区となっている。

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78.平岸小学校の大イチョウ

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸2条14丁目 平岸小学校

平岸小学校の大イチョウ平岸小学校は、明治23年に現平岸3条4丁目に創立した。同32年に同校が現在地に移転の際、同時に移植されたもの。毎年多くの実をつける推定樹齢100年以上の大木で、平岸小学校の変還を見守る歴史の木である。

79.坊主山のホオノキ

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸5条11丁目 平岸ぼうず山公園

坊主山のホオノキ推定樹齢100年を超える。平地に舌状に突出した標高約64mの通称坊主山台地の一角にそびえ、平岸の変遷を見下ろしている。

80.ピラ・ケシ・イ

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸1条3丁目

ピラ・ケシ・イ平岸の地名はアイヌ語の「ピラ・ケシ・イ(崖の・尻の・ところ)」からつけられたという。昔、豊平壁であった崖は、精進川の滝の上流から、精進川に沿って北海道さけ・ます孵化場の下流まで続く。

81.天神山チャシ跡

〔所在地〕平岸1条18丁目1

天神山チャシ跡「チャシ」とはアイヌ語で自然の丘陵に少し人手を加えた「とりで」の意味で、天神山遺跡の中心をなす。天神山丘陵の西端に位置する。

82.東山遺跡と湧水跡

〔所在地〕平岸4条11丁目

東山遺跡と湧水跡縄文文化期から擦文文化期にわたる遺跡。二つの円形の竪穴遺構と遺物は湧水の周囲50mに見られた。先住民族の歴史を知る貴重な遺跡の一つ。

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83.ホップ園跡

〔所在地〕平岸1条5丁目~6丁目

昭和25年、山鼻から移転したホップ園。サッポロビール系列の北星興業株式会社が経営し、ビールのホップを採取していた。

84.火山灰採取地跡

(1)平岸4条12丁目、(2)平岸5条11丁目

昭和9~18年、札幌製ビン工場が、ビールびんの原料となる良質の火山灰(約3万2千年前の支笏火山噴出物の豊平浮石層)を採取した跡。

85.相馬神社創立記念碑

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸2-18 相馬神社境内

相馬神社創立記念碑相馬神社が明治41年11月に神社として許可を受け、それから10年目にあたる大正6年に、静寂を保つ天神山の頂上に建てられた神社創立の記念碑。

86.馬頭観音碑

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸2条17丁目 相馬神社境内

馬頭観音碑明治38年9月、平岸、澄川の農家が、開拓に重要な役割を果たした農耕馬の魂を慰めるため長専寺に奉納したもの。平岸通の拡張延長工事のため、昭和42年、相馬神社境内に移された。

87.東裏(ひがしうら)の馬頭観世音碑

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸5条7丁目6 平園公園

東裏の馬頭観世音碑大正4年、平岸の水田農家によって、家族の一員である馬の無病息災を祈願するとともに、死亡した馬の霊を慰めるために建てられた。

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88.平岸開村五拾年記念碑

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸2条18丁目 相馬神社境内

平岸開村五拾年記念碑リンゴ園を主体に良村として栄えた平岸村の開村50年を記念して、大正9年5月、地元の有志によって建てられた碑。

89.故重延卯平翁(しげのぶうへいおう)の碑

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸5-7-6 平園公園

故重延卯平翁の碑昭和11年、開拓の先駆者であり東裏部落発展の恩人とされた、重延卯平翁を偲んで村人が建立した碑。東裏に初めて水田を開き米を収穫した重延久太郎、卯平親子の並々ならぬ努力をたたえたものである。

90.本願寺道路終点の碑

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸2条18丁目 澄川墓地

本願寺道路終点の碑平岸開基110年を記念して、昭和55年11月に建立。明治3年7月、伊達市オサルベツで起工し、翌4年10月平岸に到り完成した道路の終点を明確にしたもの。札幌が他と通じる初めての道らしい道で本願寺道路と呼ばれた。

91.みのりの像

とよひらふるさと再発見プレート設置〔所在地〕平岸2条14丁目 平岸小学校校庭

みのりの像平岸開基110年を記念して建てられ、昭和55年9月に除幕。背景のリンゴの木と清楚な乙女像は北方に生きた人の強さと知性を示し、往時のリンゴ園を偲ばせる。

※さっぽろ文庫21「札幌の彫刻」175ページ参照。

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札幌市豊平区市民部地域振興課

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