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昭和18年(1943年)の夏休み、札幌市東北国民学校初等科2年生だった林さんは、夏休み帳の宿題で次のような兵隊さんへの手紙を書きました。
宿題には「これは せんちの 兵たいさんからのおてがみです。わたくしたちも おてがみや ゐ(い)もんのゑ(絵)などを おくりませう。」とあり、これに対して林さんは、「兵たいさん、私たちも元気です。こちらはすずしくなってせみが鳴かないので、夏もおはりと思いました。またあつくなりました。私は毎朝ラジオたいさうに行ってゐます。いっしゃうけんめいべんきゃうしたりからだをきたへますから、ごあんしんください」と書きました。
右のページには、「ちょきんばこをつくりませう。みんなが 力を あはせて いっせんでも おほく ちょきんをして、兵たいさんに たくさん ひかうきや せんしゃや だんぐゎんをおくりませう。」とあります。
札幌市 林 恒子氏提供