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開(かい)たくに力(ちから)をつくした当時(とうじ)に植(う)えられた木(き)だよ
福島県(ふくしまけん)で生(う)まれた早山清太郎(そうやませいたろう)は、万延元年(まんえんがんねん)(1860年(ねん))篠路(しのろ)にうつり住(す)み、開(かい)たくに力(ちから)をつくしました。清太郎(せいたろう)は篠路教育所(しのろきょういくじょ)をつくるためにざいさんを使(つか)い、札幌(さっぽろ)までの道路工事(どうろこうじ)などに力(ちから)をそそぎ、明治(めいじ)14年(ねん)(1881年(ねん))、明治天皇(めいじてんのう)から開(かい)たくこうろう者(しゃ)として表(ひょう)しょうされました。この木(き)は、開(かい)たく当時(とうじ)に植(う)えられたアカマツの大木(たいぼく)です。※現在(げんざい)は撤去(てっきょ)されています。 八十八選(はちじゅうはっせん)モバイルガイドからアカマツの復元AR(ふくげんエーアール)を見(み)られるよ!