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東白石中学校3年 星加詩歩
皆さん、「好きなもの」はありますか。それに触れるだけで心が彩られて、楽しくて仕方がない!という気持ちになるものはあるでしょうか。私にはあります。物語、音楽、スポーツ、友達…。とにかく数え切れないぐらいの「好き」に埋もれて生きてきました。その好きで苦しむことになるなんて、考えたこともありませんでした。
きっかけは数ヶ月前にできた「推し」のAさんでした。Aさんは可愛いくて、かっこよくて、何より歌声が私の心を掴んで離しませんでした。朝や勉強中にAさんの声を聞く日々はとても幸せで、充実していました。
一方で、Aさんの名前を調べると必ず出てくる「嫌い」の文字が気になり始めました。見なくても良いものだとわかっていても、怖いもの見たさが先行してしまい、「まあ大丈夫だろう」と軽い気持ちでそのページを開いてしまったのです。本当にびっくりしました。何十万という書き込みの内容は、すべてAさんに関するもののはずです。だけど、全く違う人の話のように思えました。クールでかっこいいと思った言動は「ほんとに性格悪い」こんな声の人がいるんだと感動した歌は「気持ち悪い」極めつけは「お願いだから早く消えて」…。これらを書いた人にもきっとそれ相応の苦しみがあるはずです。だからその人達にどうこう言う気にはなりません。ただ、私の「大好き」が誰かの「大嫌い」だったということがとても耐えられませんでした。
それだけでは終わりません。次の日の学校は、今までとはがらりと姿を変えていました。可愛いと思った髪型、尊敬できると思った行動、面白くてかけがえのない友人。そんな人達への心無い言葉がやけに大きく聞こえてきました。
「この人の歌聞いてみて!」「この本面白いよ!」「あの人はすごいよね!」今までは簡単に口にできた言葉も、もし嫌いだと言われたら?否定されたら?そう思うと怖くてとても言えませんでした。
それから一週間たったころ、ある言葉に出会います。「人生は短いのではない。我々がそれを短くしているのだ。」ローマの哲学者セネカの言葉だそうです。人は短い時間しか持っていないのではなく、実はその多くを浪費しているだけである。まさに私のことではないかと思いました。
時間を浪費するとはどういうことなのでしょうか。私は、「好き」から目をそらすことだと考えました。傷つけられて苛立ったり、否定されることを恐れたり、そうして「嫌い」にばかり目を向けた時間は人生において全く意味を持ちません。さらに辛い、苦しい気持ちばかりが積もっていき、やがて自分の人生を大切にすることができなくなります。最悪自ら命を断ってしまうことも今では少なくありません。時間の浪費は人生の浪費を加速させるということです。
現代を生きる私達は、昔に比べて長い人生を歩めるようになりました。それが嬉しいことなのか辛いことなのかは考え方一つで大きく変わっていくと思います。私はもう「好き」から目を離しません。一秒ごとに楽しい思い出を詰め込んで長い人生を生きたいです。皆さんはどうでしょう。その行動、その言葉は自分を100%楽しいと思わせるものですか。人生を浪費していませんか。どうか、長く充実した人生を生きてくれませんか。
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