• ホーム
  • こんなときには
  • 暮らしの情報
  • お知らせ
  • 白石区の紹介
  • まちづくり
  • 施設案内

ここから本文です。

更新日:2026年3月16日

努力の見え方は「発想」次第

幌東中学校2年 笹本彩寧

「努力」とは、どんなことなのでしょうか。

一般的に考えると、勉強、スポーツなど色々な形があります。ただ、様々な努力の形があるからこそ、私はある疑問を持つようになりました。

「自分が努力をしているといえるのか?」

私は今、胸を張って自分は努力していると言う事ができます。

なぜ私がそう思うようになったのか。それは、中学校に入学したての頃、悩んでいた私の前に現れた「発想の転換」の考え方を知ったことがきっかけです。

晴れて中学生となった去年の四月。昔から何にでも好奇心旺盛だった私は、中学校という新しい場所に大きな期待を抱いていました。人と話すことが何より好きだったこともあり、「どんな人がいるのだろう。どんな話ができるのだろう」などの期待がどんどん膨らんでいました。特に不安も感じていませんでした。しかし、中学校での生活に慣れるにつれ、私は一つの大きな壁にぶつかりました。小学校とは違う、中学校の新しい空気感についていけなくなってしまったのです。毎日コロコロと変わる流行りの話題。不快なワードを聞かない日がなく、それにどう反応するのかもわからない。その上、知らないまま話しかけても相手を不快にさせてしまうかもしれない……。と、無知のあまり、臆病になってしまったのです。

私がいくら人と話すのが好きでも、コミュニケーション能力がずば抜けて高いかと言われると全くそんなことはありません。それでも話についていこうと、ある意味では必死だったのかもしれません。

さらに、中学校に入ってからの勉強は小学校の頃よりも格段に難しく、成績もどんどん下がっていく一方でした。そんな状況下では楽しく人と接することも叶いませんでした。

ついに楽しいことが趣味のネットサーフィンしかなくなった時、ふと、一つの投稿が目に留まりました。それが、私を変えた「発想の転換」の記事でした。

これは端的に言えば、「ネガティブなことをポジティブに言い換える」ということです。正直、最初は「こんなことで何が変わるんだ?」と思っていました。しかし、読み進めるうちに、こんな言葉を見つけました。

「自分を‘最強’だと思え」

この言葉にどこか引っかかる所があった私は、今の自分を見つめ直してみました。すると、私の中で一つ腑に落ちる結論が出ました。

「自分のしていることは、また一つの‘努力’なのでは?」

自分はなぜ話についていくのに必死なのか。それは人と話すことが好きだから、もっと人と楽しく関わりたいからという向上心の現れなのでは?と考えつきました。

そう考えた瞬間、体の力がどっと抜け、安心感に包み込まれたような感覚になりました。あの安心感は今でも覚えています。

それから私は、人の話についていくことが苦ではなくなりました。この気づきで、話すことが前よりも楽しくなったからです。一人で必死についていくのではなく、自分のペースで過ごしているうち、だんだん話についていけるようになり、不快なワードの避け方も自然とわかってきました。何より、好きだった人との会話がまた楽しめるようになったのです。やっと自分の思い描いていたことが、できるようになったと思えました。

この体験を通して私が伝えたいのは「誰もが努力をしている」ということです。私がそうだったように、努力していないように感じても、きっと自分のどこかで「見えない努力」をしているはずです。この考えはただの甘えと思えるかもしれません。しかし、「見えなかった努力」を見つめることは、また自分の新たな気付きにつながる大事な一歩であると、私は思います。

物事の見方を少し変えるだけでも、自分の気付きや思いによって見える世界は大きく異なります。大切なことに気づいた今の私なら、もうくじけることはないでしょう。

自分の努力を信じられるようになった私なら、どんな困難も乗り越えられるという自信があるからです。

このページについてのお問い合わせ

札幌市白石区市民部地域振興課

〒003-8612 札幌市白石区南郷通1丁目南8-1

電話番号:011-861-2422

ファクス番号:011-861-2775