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「札幌通」と名付けられた。大正13年に市内で初めて舗装され、当初、ブナ材による木レンガ舗装であったが、凍上が激しく気候に適さないため、昭和5年にその上にアスファルトが施された。昨今、道庁正門前の車道で当時の状態が確認された。
中央区北2条東4丁目に日本で初めての工場を設立した。明治19年政府の財政悪化により民営化され、昭和24年日本麦酒(株)となり、昭和39年に現在のサッポロビール(株)となった。平成元年同工場を閉鎖し、平成5年再開発され、「生活工房・サッポロファクトリー」として生まれ変わっている。
北2条東6丁目に建設された。明治の森を残す私邸は現在も残っており、この私邸を中心に公園化されている。
東北小学校が北4条東3丁目(現在の中央中学校地)に新設された。
当時の敷地40坪に建築し、以後市役所出張所、集会所として活用。
現東北会館は昭和39年に隣接地を買収し、敷地96坪に木造2階建てを建設。財)東北会館管理会として管理。連絡所、いこいの家、福まちセンター等借用
65歳以上が会員となり毎月8のつく日を定例会としている。
神輿の市中渡御は明治12年からはじまり、明治16年から各地区の山車が趣向をこらし行列に供奉している。東北祭典区の山車は明治43年に大改修し現在に至っている。昭和43年の本年番を最後にその後行っていない。
児童数も昭和31年をピークに、減少が著しくなったため、昭和44年東北・東小を統合し、現在に至っている。
大通東4丁目(現あそぶべ公園・保育園)にこども広場がオープンした。(ラジオ体操)
北2条通東6丁目付近、歩行者天国のはしりで、板垣市長を迎えてのオープン式
三地区住民並びに一般市民に対して交通事故防止の呼びかけを趣旨に開催している。毎年子どもたちから標語を募集し優秀作品を表彰している。
交通安全思想の普及、啓蒙を目的として各地域に結成され、春夏秋冬交通安全街頭啓発を行っている。
これらの収益金は地域の老人施設や部の活動費にあてている。
ビール工場の再開発により、アトリウム・ホテル・レストランなどのプレイスぺースを備えた、巨大なアミューズメントゾーンに変身した。
幅広い住民の福祉活動への参加により、地域ぐるみでお互いに支え合う環境を整え、誰でもが安心して暮らす事が出来る地域社会づくりを目的としている。
家族と離れて入院されている高齢者のかたへ、家族との写真つきメールの交換を代行している。
平成15年 東北連合町内会新年交礼会及び創立三十周年記念祝賀会が開催される。
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