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更新日:2014年7月31日

歴史・年表

豊平の歴史

豊平区歴史年表

札幌開祖 志村鐵一(しむら てついち)

 安政4年(1857年)、当時の幕府の命により、銭箱(現在の小樽市銭函)から千歳・勇払に至る札幌越新道が開削されました。これに伴って、現在の豊平3条1丁目付近で、通行屋(旅行者の休憩・宿泊施設)の建設が始まりました。
 札幌市内最初の和人居住者の一人といわれ、「札幌開祖」とも呼ばれた志村鐵一は、この時代に豊平の地に定住し、通行屋の番人も務めました。明治以前にさかのぼる豊平の歴史は、まさにこの時、この場所から始まったといっていいでしょう。

本州からの開拓移民

 明治時代に入り、北海道開拓使が設置されると、本州から多くの移民が入植してきました。明治4年(1871年)には、現在の岩手県出身の人々が平岸・月寒などに移住して、開拓が始まりました。その後、明治5年(1872年)には平岸村と月寒村が、そして、明治7年(1874年)には豊平村が誕生。また、明治8年(1875年)には、技師ホルトの設計による初代の豊平橋が完成しています。

豊平橋(明治31年)
▲豊平橋(明治31年)

村の発展

 これら三つの村は、それぞれが異なった形で発展していきました。
 平岸村は、豊平川上流域までを含み、後に「平岸リンゴ」として有名になるリンゴの栽培などで栄えていきました。
 また、月寒村は、当初は現在の北広島市方面までを範囲としており、農業を中心とした街でしたが、明治29年(1896年)に当時の陸軍第七師団の兵営が設置され、後に歩兵第二十五連隊として、長くこの地に置かれたことにより、軍都としての性格を併せ持つことになりました。
 さらに、豊平村は、室蘭街道(現在の国道36号)から当時の札幌区に入る玄関口として、商店や宿などが建ち並び、にぎわいを見せました。

アンパン道路

 明治35年(1902年)、豊平・月寒・平岸の三村が合併して、新たに豊平村となりました。そして、明治41年(1908年)には、豊平町に昇格。さらに、同43年(1910年)、現在の豊平地区が札幌区に編入し、町役場が豊平から月寒に移転したことにより、月寒は行政の中心地として栄えたのです。
 役場の移転に伴い、平岸の人たちが役場のある月寒へ直接行けるよう、新たに道路の開削が行われました。この時、作業に従事した第二十五連隊の兵士たちにアンパンが配られたため、明治44年(1911年)に完成したこの道路は、アンパン道路と呼ばれるようになりました。

 

 大正時代に入ると、豊平町にもいくつかの交通機関が登場してきました。
 大正2年(1913年)には、月寒から札幌の中心部まで客馬車が走りました。大正7年(1918年)には、豊平、平岸を通って定山渓に至る定山渓鉄道が開通。さらに、大正13年(1924年)には、路面電車が豊平川を越えて、豊平地区まで延びたのです。また、同じころ、月寒まで乗合バスも営業を始めました。
 昭和に入って間もなく、2年(1927年)には、路面電車を札幌市が買収し、市電となります。バスや電車が行き交い、定山渓鉄道も交差していた室蘭街道(現在の国道36号)は、商店も建ち並び、まさに交通の要衝と呼ぶにふさわしいにぎわいを見せていたのです。

月寒を走っていた客馬車(大正時代)
▲月寒を走っていた客馬車(大正時代)
市電豊平線「豊平駅前」(昭和35年)
▲市電豊平線「豊平駅前」(昭和35年)

 

 

農業の盛衰

 

 明治時代から始まった平岸地区のリンゴ栽培。この「平岸リンゴ」の名は、全国的に有名になったばかりでなく、明治中期から後期にかけては旧ソ連のウラジオストックに、また、昭和11年(1936年)には試験的ながらシンガポールに輸出されるほどに栄えたのです。しかし、このリンゴ栽培も、宅地化の波にのまれ、次第に姿を消していくことになります。
 このほかにも、バレイショやホップなど、各地でさまざまな作物が栽培されましたが、やはり、リンゴと同じ運命をたどっていったのです。

キティ台風により被害を受けたリンゴ園(昭和24年)
▲キティ台風により被害を受けたリンゴ園(昭和24年)

 

 

札幌市との合併とその後の発展

 

 徐々に都市化が進行していった昭和36年(1961年)、豊平町は、郷土のさらなる発展のため、札幌市と合併しました。
 人口も増加の一途をたどり、交通体系にも変化の兆しが現れます。自家用車の普及などの影響で、昭和44年(1969年)には定山渓鉄道が、また同46年(1971年)には市電豊平線が、それぞれ廃止され、代わって、同年、地下鉄南北線が開通したのです。さらにその翌年の2月、冬季オリンピック大会が開催され、同年4月には札幌市が政令指定都市となり、区制の施行に伴って、豊平区が誕生しました。
 昭和49年(1974年)には、現在の豊平区役所庁舎が完成。環状通の区役所付近から国道36号にかけての中央分離帯にはリンゴの木が植樹され、リンゴ並木として整備されました。

 

 

未来に向かって

 

 平成に入っても、ますます発展を続ける豊平区。平成6年(1994年)には、地下鉄東豊線が福住まで延長され、平成8年(1996年)には人口も30万人を突破。翌9年(1997年)には、清田区が豊平区から分区しました。
 そして、平成13年(2001年)には待望の札幌ドームが羊ケ丘に誕生。今後の豊平区のシンボルとなるドームでは、各種のスポーツ・文化のイベントが開催され、また平成16年(2004年)には北海道日本ハムファイターズの本拠地となり、多くの人たちがこの施設を訪れています。
 新しい世紀の第一歩を踏み出した豊平区は、今後も、区民の皆様とともに、さらに大きく飛躍していくことでしょう。

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札幌市豊平区市民部総務企画課

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