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更新日:2023年2月10日

札苗再発見その18

龍神様が祀ってあった水揚場

 

 

大正時代、粉炭を燃やした黒い煙がたなびく水揚場。左の建物は米の倉庫。

水揚場の内部。蒸気揚水機を操作する機関士も写っている。

 

沼の内側から見た水揚場。樋が長く伸びている。

モエレ沼公園から水揚場のあった場所を望む。

 

前々回、このシリーズで「燃えれ!わが街」の龍のいわれをたどり、中沼モエレ会館にある龍神様を祀った神棚を紹介しました。
ひょっとしたら、その神棚がもともとあった水揚場のことが分かる資料があるのではないかと、地元の方に探してもらったところ、当時の様子をしのぶ貴重な写真をお借りすることができました。
写真を貸してくれたのは、地元に住む谷川重義さん。この写真は、重義さんのお父さん、重次郎さんが持っていたもの。谷川家は明治38年、重次郎さんがまだ2歳の時、福井県からこの地に入植。3代目、昭和5年生まれの重義さんにお話を伺いました。

かつて中野と呼ばれた地区の本格的な開拓がはじまるのは、明治27年、中野四郎氏による開墾が始まりとされています。小作人20戸が入植し、この地を「中野開墾」と呼んだところから、この地区は中野と呼ばれるようになりました。明治38年には、中野氏から本間国蔵氏の所有地になりましたが、部落名はそのまま残りました。
大正2年には、モエレ沼の水を利用して水田を造ろうと、本間氏が道から許可を得、翌3年8月に蒸気揚水機が完成。当時としては、画期的な計画でした。
沼から蒸気機関で吸い上げられた水は、写真にも映っているように、幅1.5メートル、高さ1メートルの木製の樋で、約3メートルの支柱に支えられて、500メートル先へ運ばれましたが、よく水漏れしたそうです。

「最初の頃は、乾燥した木の隙間から水がジャージャー落ちて、田んぼまで届かなかったんですね。それで、木の繊維を綿状にしたヒワタというもので、しょっちゅう隙間を埋めなければならなかったそうです。この樋は、今の中野幹線を跨いで奥にまで行っていたので、樋の下を馬車が通っていたんですよ。でも、冬になると、雪が積もって馬そりが通れなくなるので、道路の部分だけ樋を外したって聞きましたね。」

揚水が軌道に乗ってきたのは、大正7年頃からですが、この時点で、本間氏は所有地や水利権の一切を東京の太田商事株式会社(太田清蔵社長)に譲渡。太田氏は、不在地主でしたが、太田農場と名付けて、現地管理人に田中信吉氏をあて、開拓に熱心に取り組みました。
昭和4年には、蒸気機関を30馬力のディーゼルエンジンに、木の樋は、ヒューム管へと改良が重ねられていきます。その時の工事の写真も残っていました。

 

昭和4年にはヒューム管に改良

ヒューム管埋設工事にかかわった関係者

 

「タービンを動かすのに石炭を1日1トンたいたそうです。焼玉エンジンといって、ポンポンというピストンの音が外まで響いてましたね。建物の中には、お風呂場もあったんですよ」

写真の図面は、谷川さんが太田農場の管理人から借りた昭和10年頃の農場図をコピーして、着色したもの。モエレ沼に面した青色部分が水田を示していますが、水田はその後もどんどん広がっていったそうです。
昭和14年には、長年の農地解放運動が実り、46戸の自作農たちが中野農事振興組合を結成します。当時の組合長の谷川善助氏は、重義さんの叔父さん。
これによって農民たちの意欲に一層の拍車が加わり、昭和30年代には、美田が広がる米どころになっていきます。

「祖父の時代は大変だったようですが、自分は一番良い時に農家をやっていたと思います。龍神様ですか。水揚場の建物の中に小さな神棚があったのは記憶しています。沼の水量は、春先は道路が冠水するほど多かったんですが、すぐ渇水状態になってしまうんです。龍神様を祀ったのも、それだけ水が大変貴重なものだったからでしょうね。」

 

農場の管理人が持っていた図面をコピーしたもの

当時の記憶をたどる谷川重義さん

 

その後、中野の水田は、モエレ沼の水不足や国の減反政策などにより、昭和48年に全面休耕、翌49年に振興組合も解散となりました。

モエレ沼のほとりにひっそりと建つ「水田発祥の史」記念碑の後ろには、現在、ステンレス柱を組み合わせたテトラマウンドや高さ30メートルのプレイマウンテンなどが見えます。アイヌ語で「流れの遅い川」からその名が付けられたモエレ沼ですが、これほどまで大きな変化を遂げるとは、龍神様もさぞかし驚いているのではないでしょうか。

【平成21年(2009年)9月記】

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