~豊平館~※本イベントの応募は終了しました
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スタッフならではの見どころ解説をぜひご覧ください!
[上写真:1881年に撮影した完成当時の豊平館(画像提供:札幌市公文書館)]
1880(明治13)年、開拓使が建てたもので、今も残っている木造ホテルとしては日本で最も古い建物です。
今は中島公園にありますが、当時は、大通公園の近く、中央区北1条西1丁目に建てられていました。
[上写真:明治時代に描かれた絵図]
かつて豊平館があった場所では、今は石碑(せきひ)や、当時からあるハルニレの木を見ることができます。
このハルニレは樹齢が300年と推定されていて、市内でも最も立派な樹木と言われています。
1887(明治20)年の絵図にも描かれていて、当時から堂々とした風情のある形だったことがわかります。
また、札幌では、地域の歴史を物語る象徴的なもの、市民や観光客から親しまれているもの、などにあてはまるような建築物・工作物・樹木などを「札幌景観資産※」に指定しています。このハルニレも2009(平成21)年に指定されたのですが、樹木では唯一この木が指定されているんです。
石碑とハルニレの木はさっぽろテレビ塔の近くにあるので、ぜひ見に行ってみてください。
[上写真:中島公園に移築する前の豊平館があった場所(中央区北1条西1丁目)]
[上写真:豊平館の石碑の近くに今もあるハルニレの木(中央区北1条西1丁目)]
当時、外国人による洋風建築物の設計が多い中、豊平館の設計者は、なんと札幌時計台(旧札幌農学校演武場)の設計も手掛けた安達喜幸(あだちよしゆき)を中心とした日本人でした。
建物全体はアメリカ風の様式を基調としながら、正面玄関の円柱やバルコニーはヨーロッパ風様式、館内の天井の飾りは紅葉や牡丹など日本人好みになっていて、一つの建物に様々な様式やモチーフを見つけることができる美しい建物です。
そして、1964(昭和39)年には国の重要文化財に指定されました。
(今年8月から11月末まで、バルコニーの手すりと柱などの修繕工事を行っています)
[上写真:正面玄関の円柱やバルコニー]
[上写真:シャンデリア]
館内にも歴史を感じられるものがたくさん。
例えば、8組あるシャンデリアのうち4組は建設当初から吊られていたもので、残り4組は改修時に建設当初の器具を修理したものです。当初ガス式灯具を導入したのですが、ガスではなくローソクを立てて‟ロウソク灯”として使っていて、1922(大正11)年に皇太子が訪れた時(皇太子行啓の時)には、電気を使う‟電灯”へと切り替えられました。
[上写真:シャンデリアの吊元にある飾り]
また、シャンデリアがついている天井部分にある飾は、漆喰(しっくい)という建築の材料を盛り付けて、ここで立体的に仕上げていくもので、「こて絵」と呼ばれる伝統技術で作られています。
建設当初から残っている15基と、復原された2基があります。
室内を華やかにしてくれているこの飾りは、部屋ごとに模様が違うので、ぜひ探してみてください。
このように、今は、建設当時への姿へと復原されて、かつてホテルだった館内の様子を見ることができます。
見学していると、ふと疑問に思うことがあると思います。トイレやお風呂はどこにあったのだろうかと。
実は、今はもうありませんが、創建当時には、1階の後方に飛び出している建物があり、ホテルとして必要な調理場やトイレ、お風呂がついていたのです。
さて、長い歴史の中、利用はホテルとしてだけではありません。
お祝い事など祝賀会の会場になることも多く、1927(昭和)2年には、たくさんの人が入れるように、北側に廊下でつながる公会堂が新たに建てられました。
1941(昭和16)年の太平洋戦争の終戦後には、少しの間、三越札幌支店が売場として使っていたこともあったようです。
後に、公会堂を改築し市民会館を建てることになり、1958(昭和33)年、豊平館は現在の中島公園に移築することになりました。
[上写真:1927年、豊平館の北側に新たに建てられた公会堂(画像提供:札幌市公文書館)]
移築後は、1958(昭和33)年7月5日~8月31日に北海道大博覧会という大きな催し物が開かれ、そこでは、1階が郷土館、2階が美術館として利用され、その後、市営の結婚式場として開館しました。
2011(平成23)年まで長らく結婚式場として親しまれ、今までに約2万1千組以上の方が式を挙げていて、たくさんの人の大切な思い出の場所にもなっています。
今は、見学や貸室利用のほか、豊平館にもっと詳しくなれる講座が開催されたり、親しみやすい場所として多くの人が訪れています。
これまでの歩みを振り返りながら、ぜひ館内を巡ってみてください!
帰りに、もう一度外からじっくり眺めてみましょう。
外の壁の塗装で特徴的なのは‟色”です。
真っ白な色に目の覚めるような青色の塗料(ウルトラマリンブルー)で縁取られています。
これは現代風の色に塗り替えられたもの?…ではないんです。
この塗料は、1880(明治13)年の創建当時に使用されたものと推測されています。
1983(昭和58)年に初めてどのような塗装が使われているのか詳しく調査され、その結果、創建当時の塗料の層からウルトラマリンブルーと思われる青い粒子の粉末(顔料:がんりょう)が見つかりました。
この着色用の粉末は、もともとアフガニスタンを産地とするラピスラズリ(ラズライト:青金石ともいう)という鉱物の代用品として合成されたもので、当時の日本にはなく明治政府によって輸入されたものでした。
[上写真:建物の一番上に飾られている赤い星(開拓使のシンボル)]
さらに、建物の一番上をよく見ると一点の赤いものが…それは、建設した開拓使のシンボル、五稜星(北極星)を表しています。
中心にあるものの他に、形をかたどった飾りも合わせると、全部で9個の星があります。
外から見える場所にあるので、ぐるっと周りを眺めながらぜひ探してみてください。
※参考札幌景観資産
市民や観光客から親しまれているものや地域の歴史を物語る象徴的なものなど、重要な価値がある建築物や工作物、樹木などについて、「札幌景観資産」として指定し、地域の良好な景観の形成を推進しています。
詳細は下のリンク先からご覧ください。(札幌市ホームページに移動します)
https://www.city.sapporo.jp/keikaku/keikan/keikansigen/keikansisan.html
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