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更新日:2016年12月9日

地名の由来

白石

白石の歴史は、戊辰戦争で敗れた仙台藩の白石城主、片倉小十郎の家臣の人々が明治4年11月に当時、最月寒と呼ばれていた地(現在の中央付近)に開墾のくわを入れたことに始まります(白石城は現在の宮城県白石市に位置)。彼らは、冬の寒さに耐えながら、現在の国道12号沿い(白石公園付近から白石神社までの間)に短期間で住まいを完成させました。そして、その熱心な働きぶりに感心した開拓使の岩村判官が彼らのふるさとの名を取って「白石村」と命名。これ以後、この土地が「白石」と呼ばれるようになりました。

 

画像:白石区の地図

 本通(ほんどおり)・中央(ちゅうおう)

この地域は、明治4年に移住してきた仙台藩の白石城主、片倉小十郎の家臣の人々が、最初に造った道路(現在の国道12号)を中心に発展しました。
現在の地名は、その道路を中心に白石神社から望月寒川までの両側の地域を「本通区」、そこから上白石(現在の菊水)までを「中央区」としたことに由来しています。

 平和通(へいわどおり)

この地域は、以前は本通と呼ばれていた地域で、昭和36年に始まった白石神社区画整理事業により整備が進められました。国道12号とJR函館本線の間には、新たな道路も造られ、地域住民の話し合いにより、「平和通」と名付けられました。
この名称は、地域住民の平和を願う気持ちが込められたもので、そのまま現在の地名となりました。

 南郷通(なんごうどおり)

この地域は、明治15年に月寒地区から移住した岩井澤七兵衛らにより開かれました。その後の開発は、福井県、富山県、愛媛県、岩手県などの多くの県から入植した混成団により進められました。地名の由来は明らかではありませんが、本通より南部を「南郷」としたようです。

 本郷通(ほんごうどおり)

この地域は、かつては南郷の一部でのどかな田園地帯でしたが、昭和31年に始まった土地区画整理事業により、住宅地へと姿を変えました。
当時の高田富與(たかだ・とみよ)札幌市長が「本通」と「南郷通」から1字ずつ取り、「本郷通」としたのが地名の由来です。

 東札幌(ひがしさっぽろ)

この地域は、白石に初めて造られた道路(現在の国道12号)に直角に造った横道(現在の米里行啓通)に沿って14戸の家が移転したことに始まります。その横道は、本通りに対する横通りの意味で、「横丁(町)」という愛称で呼ばれ、人々に親しまれてきました。
名称が改められたのは昭和35年で、地域のさらなる発展の願いが込められ、国鉄の東札幌駅と開局間近だった東札幌郵便局の名前から、「東札幌」となりました。

 菊水(きくすい)・菊水上町(きくすいかみまち)・菊水元町(きくすいもとまち)

この地域は、明治19年、京都に住んでいた菊亭脩季(きくてい・ゆきすえ)公爵が約50ヘクタールの土地の払い下げを受け、菊亭農場を経営したことに始まります。
当時、この地域は上白石村と呼ばれていましたが、札幌市との合併後の昭和29年に、菊亭の「菊」と豊平川の「水」にちなんで「菊水」と名付けられました。その際、豊平川沿いに上流側から「菊水西町」「菊水北町」「菊水上町」「菊水元町」となり、「菊水上町」と「菊水元町」の地名は今も残っています。

 北郷(きたごう)

この地域は、明治12年に岩手県の人々が現在のJR白石駅周辺に移住してきたのが始まりで、森林を伐採し、木炭を焼いて売る傍ら開墾されました。
「北郷」と呼ばれるようになった由来は明らかになっていませんが、開拓当初に付いた地名で、本通より北部を「北郷」としたようです。

 川下(かわしも)・川北(かわきた)

この地域は、明治17年に信州信濃の人々が移住したのが始まりで、稲作を目的に開墾されました。
厚別川の川下に当たることから、昭和7年の町村制施行後、「川下」と名付けられました。
また、昭和42年に川下と北郷の間の地域が、それぞれから1文字ずつを取って「川北」として、川下と分かれました。

 流通センター

この地域は、厚別区との分区前は「大谷地」の一部でした。
「谷地」は沼地、湿地を指し、この辺りが大きな湿地帯であったことからそう呼ばれていました。
JRや国道12号、南郷通、道央自動車道などの交通網を利用した道内物資の物流拠点として整備され、分区を機に「流通センター」となりました。

 栄通(さかえどおり)

この地域は、区画整理事業が終了した昭和38年、白石と豊平の境界をなす道路が通っていた地域であったことから、「界通(さかいどおり)」に、地域の繁栄の祈りを込めて「栄」の文字を当て、「栄通」と名付けられました。

 米里(よねさと)・東米里

この地域は、明治23年に9戸の農家が移住したことにより開墾が始まりました。
ここでは、水が豊かであったことから、早くから稲作が行われ、移住の2年後には初めての収穫がありました。
地名の由来もここにあり、「米が豊かに実る里」という願いを込めて、「米里」と名付けられました。

 

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札幌市白石区市民部地域振興課

〒003-8612 札幌市白石区南郷通1丁目南8-1

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