さっぽろの戦跡

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札幌空襲(手稲軽川)

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昭和20(1945)年7月14、15日に、北海道は米軍の艦載機による空襲にさらされ、札幌では、丘珠白石、苗穂などが攻撃されました。手稲で標的にされたのは軽川駅北側の日本石油の製油所でした(写真右)。貨物線に並んで大小15基のタンクが建っていましたが、米軍機の攻撃で、タンク7基が炎上。3日間にわたって炎え続けました。

JR手稲駅歩道橋から高射砲陣地があった日本石油製油所の独身寮前(現在は立体駐車場)を望む

JR手稲駅歩道橋から陣地があった日本石油製油所の独身寮(現在は立体駐車場)前を望む

日本石油製油所のタンクがあったところ。現在は手稲区役所

日本石油製油所のタンクがあったところ。現在は手稲区役所

空襲されたタンク群(札幌市 林恒子氏提供)

空襲されたタンク群(札幌市 林恒子氏提供)

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