ここから本文です。

更新日:2018年9月13日

新札幌市史第6巻史料編1

第6巻史料編、11060頁、昭和62年3月刊行

この巻の史料は、主として幕末から明治初めの札幌の事情を明らかにする。十文字文書、村山家資料、五十嵐勝右衛門文書、大友亀太郎文書など未公開の資料を掲載している。

1村山家資料

2五十嵐勝右衛門文書

3イシカリ場所人別長

4大友亀太郎文書

5十文字龍助関係文書

6細大日記(誌)

7明治六年市在状況調

十文字文書

史料編1巻頭カラーグラビア
『十文字龍助関係文書』
十文字良子氏蔵

 

 

ここに収録した十文字龍助(りょうすけ)関係文書は、明治2年8月より同4年7月まで開拓使の開拓大主典として、開拓判官島義勇の輩下で、あるいは島の東京召還後も草創期の札幌の建設に携わった十文字龍助に関わる文書である。(本文より)

 

 

 

村山・五十嵐文書

史料編1巻頭カラーグラビア
『村山家資料』右頁(北海道開拓記念館蔵)
『五十嵐勝右衛門文書』左頁(札幌市教育委員会蔵)

村山家は屋号を阿部屋と称し、代々石狩・札幌等の場所請負のほか、材木伐採、問屋小宿、廻船業を手広く営み、近世蝦夷地の歴史に大きな役割をはたし、多くの史料を今日に伝えた。
水戸大津浜(現茨城県北茨城市)の五十嵐勝右衛門は蝦夷地の場所請負を画策し、水戸藩を通じ幕府と交渉を重ねた。(中略)この史料は勝右衛門の石狩における事業と役務にかかわるものである。(本文より)

 

大友亀太郎文書

史料編1巻頭グラビア
『イシカリ場所人別帳』右頁(松浦一雄氏蔵)
『大友亀太郎文書』左頁(札幌市蔵)

ここに収録した人別帳は、幕末の蝦夷地探検家松浦武四郎文書の中の「野帳」38冊中の「巳第三番」(国立史料館蔵、松浦一雄氏寄託史料)の中にあるもので、今回松浦家の了解のもとに札幌市史にもっとも関係の深いイシカリ場所のみを抽出し、はじめて活字化したものである。
本書に収録した『大友亀太郎文書』は、大友亀太郎が前記慶応2年2月蝦夷地開墾掛に任ぜられてより、明治3年4月兵部省出張所石狩国開墾掛の職を解かれるまでの間の、石狩御手作場開発事業に関する文書を主体とするものである。(本文より)

このページについてのお問い合わせ

札幌市総務局行政部公文書館

〒064-0808 札幌市中央区南8条西2丁目5-2

電話番号:011-521-0205

ファクス番号:011-521-0210