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更新日:2011年3月1日

年表で見る手稲区

(先史以前は省略しています。)

手稲区にかかわる主な出来事 他の出来事
安政4年
(1857)
銭函-星置-軽川-札幌-千歳間に道路ができる。(千歳越道路、札幌越道路とも言う)。
山岡精次郎らが箱館奉行の命令により蝦夷地を調査し農民を軽川・稲穂(下手稲村星置)の開墾にあたらせる。
中川金之助、中島彦左衛門などが星置に住みつく。
早山清太郎が星置滝の沢付近で家屋用木材を切り出していた。
 
安政5年
(1858)
松浦武四郎が札幌越道路を調べにくる途中、星置を通る。  
万延元年
(1860)
星置に住んでいた中島彦左衛門ら篠路の南部に移住する(中島村と呼ばれる)。  
明治元年
(1868)
  小樽内騒動が起きる。
明治の新しい時代になった(明治維新)。
明治2年
(1869)
銭函-札幌間の道路を作る工事が行われるが困難をきわめ、一時中断をする(星置越道路)。 蝦夷地を北海道と改め開拓使をおく。
明治4年
(1871)
開拓使がサンタロペツ通行屋を設けた。  
明治5年
(1872)
三木勉、上手稲に入植。
再び銭函-星置-札幌間の道路工事が始まる。
発寒村から分かれ手稲村となる(上手稲村に総代事務所)。
 
明治6年
(1873)
札幌-小樽間に道路ができる。  
明治7年
(1874)
札幌-小樽間に電信が開通する。 屯田兵の制度がつくられる。
明治8年
(1875)
  屯田兵が琴似に入植する。
明治9年
(1876)
  屯田兵が山鼻、発寒地区に入植する。
明治10年
(1877)
戸長役場を初めて上手稲41番地におく(上手稲・下手稲・琴似・発寒の4カ村管轄)。  
明治11年
(1878)
  第1回農業仮博覧会が札幌で行われる。
上手稲小学校開校。
明治12年
(1879)
戸長役場の管轄は、琴似・上手稲・下手稲・発寒・山口の5カ村。  
明治13年
(1880)
手宮(小樽)-札幌間に鉄道が開通する(北海道炭鉱鉄道株式会社)。
山口県人、佐伯松助が移住地検分選定のため北海道へ来る。今の星置、山口地区も実地検分し帰郷する。
 
明治14年
(1881)
軽川に停車場(手稲駅)ができる。
宮崎源次右エ門と野村葆が先発隊として今の山口村に入る。
この年、総数9戸(含む宮崎)入植する。
 
明治15年
(1882)
山口県から第2陣33戸入植、同年更に19戸入植する。
発寒村を分離し、上手稲村、下手稲村、山口村、三村戸長役場ができる(手稲大字三村時代)。
バッタの大群が襲い農作物に大きな被害を受ける。
 
明治16年
(1883)
トド山に山口墓地ができる。  
明治17年
(1884)
下手稲小学校(今の手稲中央小)できる。  
明治18年
(1885)
山口村戸長役場派出所をおき、用掛りとして柏村桃作があたる。
山口神社を建てる。
 
明治19年
(1886)
山口村に寺子屋(生田春正による)が開かれる。  
明治20年
(1887)
星置153番地に小さな木のほこらを建てる(星置神社のはじまり)。  
明治21年
(1888)
山口村戸長役場派出所を廃止し、札幌郡上手稲村、下手稲村、山口村3カ村戸長役場を下手稲村に移す。
手稲(軽川)と石狩(花畔)を結ぶ道路ができる。
 
明治22年
(1889)
星置地区に紙すき工場ができる。  
明治23年
(1890)
  教育勅語発布。
明治25年
(1892)
手稲(軽川)に戸長役場庁舎を新築する。
山口村立山口尋常小学校(今の手稲北小)が開校する。
東幸三郎が光風館を開業する。
 
明治28年
(1895)
手稲(軽川)地区に前田農場ができる(明治39年、軽川が本場、茨戸が支場になる)。
山口運河の工事が始まる。
 
明治30年
(1897)
  札幌-茨戸-銭函間の排水運河ができる。
明治31年
(1898)
北海道造林合資会社設立。  
明治35年
(1902)
2級町村制施行され手稲村大字○○○となる。
銭函-山口-石狩までの新道ができる。
 
明治36年
(1903)
稲積(豊次郎)農場できる。  
明治37年
(1904)
本間(長助)農場できる。  
明治45年
(1912)
日本石油北海道製油所(今の手稲駅北口付近)ができる。  
大正3年
(1914)
  第1次世界大戦勃発。
大正6年
(1917)
極東煉乳株式会社設立。興農園の経営を譲り受けたのは大正7年。  
大正10年
(1921)
陸軍石狩無線通信隊軽川無線電信所できる(昭和4年、手稲村役場庁舎)。  
大正11年
(1922)
手稲(軽川)-石狩(花畔)間に馬車鉄道が開業する(軽石軌道)。 市政施行(札幌、函館、小樽、旭川、室蘭、釧路)。
大正15年
(1926)
北海道造林会社事業地に北大スキー部のヒュッテ建設承認(昭和53年閉鎖)。  
昭和4年
(1929)
山口すいかを円山朝市に出荷するようになる。  
昭和6年
(1931)
  大倉シャンツェしゅん工。
昭和7年
(1932)
現在の曙のあたりに飛行場ができる。  
昭和9年
(1934)
札幌-小樽間に省営バスが運行する。
軽川駅改築。
 
昭和10年
(1935)
手稲鉱山の経営者が三菱に変わり操業を始める。  
昭和11年
(1936)
前田自作農記念碑建立。 2・26事件発生。
昭和12年
(1937)
  日中戦争勃発。
第5回冬季オリンピック大会札幌開催決定(翌年返上)。
昭和15年
(1940)
極東煉乳株式会社が明治乳業株式会社と改称する。  
昭和16年
(1941)
  太平洋戦争勃発(日本参戦)。食料雑貨に配給統制。
昭和17年
(1942)
手稲村大字を改めて12の「字」にする。
手稲村と琴似町との境界の一部を変更した。
 
昭和19年
(1944)
手稲村農業会が設立される(会長に塩野谷平蔵氏)。  
昭和20年
(1945)
拓北農兵隊入植する。
日本石油北海道製油所に米軍機爆弾投下。
ポツダム宣言を受諾し無条件降伏。
昭和21年
(1946)
  日本国憲法公布(翌年施行)。
昭和22年
(1947)
改正選挙法による初めての村長選挙および村会議員選挙が行われる。 教育制度が6・3・3制に変わる。
昭和23年
(1948)
手稲に農業協同組合ができる。  
昭和24年
(1949)
第1回手稲文化祭開催。  
昭和26年
(1951)
手稲村から手稲町に変わる  
昭和27年
(1952)
軽川駅が手稲駅に改称となる。  
昭和28年
(1953)
砂山から土器が見つかり翌年手稲遺跡として発掘される。  
昭和29年
(1954)
冷害不作に見舞われる。  
昭和32年
(1957)
手稲山頂に初のテレビ塔ができる。
山口本通り(337号線)が道道になる。
 
昭和34年
(1959)
星置川、軽川、発寒川などで大水害が起きる。
工場誘致条例が制定される。
 
昭和36年
(1961)
手稲町開発5カ年計画を立てる。  
昭和38年
(1963)
手稲町の人口が2万人を超える。  
昭和39年
(1964)
道央新産業都市建設区域に指定される。  
昭和40年
(1965)
テイネオリンピアができる。
手稲鉄北小学校開校。 札幌運転区(車両基地)ができる。
台風23・24号で大水害に見舞われる。
 
昭和41年
(1966)
手稲工業団地造成が始まる。
手稲し尿処理場完成(昭和49年運転中止)。
第11回冬季オリンピック大会札幌開催が決定。
昭和42年
(1967)
手稲町が札幌市になる(3月)。
山口にじんかい(ごみ)処理場ができる。
大学設置(北海道工業大学・札幌大学・東海大学札幌教養学部・北海道武蔵女子短期大学・光塩学園女子短期大学)。
昭和43年
(1968)
山口にバッタ塚の碑が建つ。
電車が走る。
 
昭和44年
(1969)
札幌市が手稲記念館を建てる。  
昭和45年
(1970)
  札幌市の人口が100万人を超える。
昭和46年
(1971)
札樽自動車道(札樽バイパス)ができる。
手稲こ線橋できる。
地下鉄南北線が開通する(北24条-真駒内間)。
米の減反政策始まる。
昭和47年
(1972)
第11回冬季オリンピック大会開催。
市立初の養護老人ホーム稲寿園できる。
札幌が政令指定都市になり区制が敷かれる。
札幌市でごみの無料収集を始める。
沖縄が本土に復帰し沖縄県になる。
昭和48年
(1973)
N309遺跡(前田)発掘開始。 第1次オイルショック。
昭和49年
(1974)
道立手稲高校開校(新校舎引越、昭和51年)。  
昭和50年
(1975)
道道337号線が国道になる。
山口すいかの呼び名が「サッポロスイカ」に変わる。
手稲山口小学校開校。
 
昭和51年
(1976)
  地下鉄東西線が開通する(琴似-白石間)。
昭和52年
(1977)
自然歩道(北尾根ルート)できる。
第1回前田森林公園植樹祭。
 
昭和53年
(1978)
前田小学校・富丘小学校開校。
手稲下水処理場完成。
 
昭和54年
(1979)
道立星置養護学校が開校する。
下手稲通開道。
第2次オイルショック。
昭和55年
(1980)
西区体育館完成(今の手稲区体育館)。
手稲稲積公園オープン。
 
昭和56年
(1981)
手稲下水汚泥焼却センター工事始まる。  
昭和57年
(1982)
手稲駅北口できる。
手稲山口に札幌運転免許試験場移る。
ていねプール完成。
 
昭和58年
(1983)
山口に道立稲北高校と道立稲西高校が開校する。
前田消防出張所完成。
 
昭和59年
(1984)
札幌稲雲高校開校。  
昭和60年
(1985)
星置駅開業。
江守記念星置スケート場できる。
 
昭和61年
(1986)
いなづみ幼稚園開園。
曲長通こ線橋完成。
 
昭和62年
(1987)
曙図書館オープン。 スパイクタイヤ使用規制条例制定。
昭和63年
(1988)
  地下鉄東豊線(栄町-豊水すすきの間)が開通する。
平成元年
(1989)
西区から分区し手稲区が誕生する。厚別区もでき札幌市は9区になる。  
平成2年
(1990)
西宮の沢小学校開校。
手稲区社会福祉協議会設立。
 
平成3年
(1991)
山口運河の一部がいこいとやすらぎのある河川になる。
軽川桜づつみ完成(平成元年建設省直轄事業にも指定される)。
札幌ユニバーシアード冬季大会開催。
稲穂中学校開校。
新陵東小学校開校。
新発寒地区センター(新発寒連絡所)オープン。
手稲老人福祉センターオープン。
稲穂連絡所開設。
 
平成4年
(1992)
前田森林公園完成(昭和57年策定「札幌市緑の基本計画」10ヵ年計画)。
市営住宅稲穂団地全棟完成。
市営住宅前田公園団地全棟完成。
新陵中学校開校。
軽川緑地(軽川桜づつみ)供用開始。
西宮の沢土地区画整理事業の事業計画決定。
 
平成5年
(1993)
星置東小学校開校。
北1条・宮の沢通全面開通。
富丘西土地区画整理事業の事業計画決定。
 
平成6年
(1994)
前田北中学校開校。
前田森林公園橋完成。
手稲曙温水プールオープン。
 
平成7年
(1995)
下手稲通(曙通り-曲長通)全線開通。
ほしみ駅開業。
手稲パラダイスヒュッテ再建。
市営住宅山口団地建設着手。
 
平成8年
(1996)
手稲鉄北小学校改築完成。
星置土地区画整理事業完了。
星置地区センターオープン。
市営住宅富丘高台団地全棟完成。
追分通手稲区内全面開通。
 
平成10年
(1998)
札幌高等養護学校(手稲前田485)開  
平成11年
(1999)
星置こ線橋開通。
二十四軒・手稲通全線開通。
 

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