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更新日:2011年2月22日

平成20年度白石区タウントーク

開催報告

「タウントークin白石区2008~あなたの街で市長と語ろう!」は、第1部は「まつりを通じてまちづくりの輪を広げよう」をテーマにしたパネルディスカッション、第2部は市長と市政全般について自由な意見交換を行う「フリートーク」という2部構成で開催しました。

開催日時 平成20年(2008年)10月7日(火曜日)18時~20時
開催場所 北白石地区センター1階「ホール」(札幌市白石区北郷3条7丁目)
参加者数 約100人
  1. 開会 司会:西岡由美子(にしおか・ゆみこ)さん(東白石地区町内会連合会女性部長)
  2. 市長あいさつ
  3. 第1部:パネルディスカッション
  4. 第2部:フリートーク
  5. まとめのことば

 1開会

【司会】開催の時刻となりました。本日の司会進行を務めます西岡と申します。皆さまどうぞよろしくお願いいたします。それでは、早速ですが、市長からタウントークの開催に当たりまして、ごあいさつをお願いいたします。

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 2市長あいさつ

画像:上田市長【上田市長】どうもみなさんこんばんは。市長の上田でございます。

今日は、北白石地区センターということで、皆さま方のお住まいになっているところに出て行こうと、この場所を設定させていただきました。たくさんの皆さんにご参加いただき心から感謝を申し上げます。

実は、10月4日土曜日にも、ここにお邪魔をさせていただきました。

中央バスの白石営業所におけるバス路線の廃止、そして再度継続することになったことに関し、どういう経過でこういう事態になったのかご説明を申し上げるとともに、今後、二度とそういうことにならないようにするにはどうしたらいいのか、ということについてお示ししながら、心からお詫びを申し上げたいということも含め、私どものスタッフと中央バスの社長さんをはじめ、専務さん、常務さん等々スタッフが一堂に会し、100人以上の皆さま方に、話をさせていただいたということがございました。

私もだいぶ怒られ、そういう意味でも盛り上がりましたが、札幌市がどうしてこういう事態を回避できなかったのか、誰がどのようにバスの路線を維持するために負担をしたらいいのか、多くの市民の皆さまと一緒に議論する場所を作っていかなければならないということで、お話をさせていただいたところであります。

多くの皆さまからご叱責(しっせき)を受けるのと同時に、それ以上に建設的なご意見が出まして、本当にうれしく思ったところであります。大混乱を起こしたということのダメージ以上に、大変建設的な意見をちょうだいしました。これからの札幌市のバス路画像:当日の会場の様子線について、どうやって維持継続をさせていくか、誰と誰がどのように話し合い決めていくのか、そして料金の問題、よりたくさんの方が利用しやすいバス路線を構築するにはどうしたらいいのか、誰が議論をしたらいいのかというような枠組み、財政的に厳しいというところでは、189万人の市民が収めた税金をどのくらい投下することができるのか、とそういうこともいろいろ議論するためのシステムを作っていかなければならないという話をさせていただいたところであります。

白石区と厚別区での3回にわたる説明会を終わらせていただき、これからバス路線をどう維持していくかということについて、再スタートを切ることになったということでございます。

多くの皆さまが熱心に議論に参加していただいたことを、本当に心からお礼を申し上げます。今日はバス路線の問題もご質問があれば、もちろんお答えしますが、それ以外にも市政に関するさまざまなご意見があろうかと思います。直接市長にこの話をぶつけてみたいというお話があれば、どんどんご意見をちょうだいできればと思います。

もちろん、今直ちにお答えできることもあれば、持ち帰っていろいろ考えを煮詰めてから、お答えしなければならないこともあるでしょう。今聞いてもすぐに答えられない、私が情報を持っていないということもあろうかと思います。区長はじめスタッフもおりますので、身近な問題については役割を分担しながら、ここでお答えできるようにしていきたいなと思っております。全部お答えできるとは思いませんが、ぜひ充実した2時間にしたいと思っておりますので、皆さまのご協力をよろしくお願い申し上げます。

今日は本当にたくさんお集まりいただきましてありがとうございました。どうかよろしくお願い申し上げます。

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 3第1部:パネルディスカッション

画像:司会の西岡さん【司会】本日のタウントークは、第1部は「まつりを通してまちづくりの輪を広げよう」をテーマにしたパネルディスカッション。第2部は上田市長さんと意見交換を行うフリートークという形で進めてまいります。

パネルディスカッションのテーマは「まつりを通してまちづくりの輪を広げよう」です。本日は、白石区の夏の風物詩でもある「ふるさとまつり」に焦点をあて、まちづくりの視点から、地域の主体性や共同性の創造に向けて「ふるさとまつり」が担ってきた意義、そして今後も地域の連帯感や郷土意識を醸成し、地域の活性化を図っていくにはどうあるべきかなどについて、皆さんと考えていきたいと思います。

ここからの進行は、コーディネーター役の白石地区連合町内会副会長の中澤廸也さんにお譲りして進めていきたいと思います。
画像:コーディネーターの中澤さん【中澤さん】ただいまご紹介いただきました、白石区連合町内会中澤です。

私と「ふるさとまつり」のつながりというのは、それほど深くはありません。平成17年に、アサヒビール園でやったときに、実行委員で財務担当として入りました。それから今年、白石区連町の実行委員で、祭事部の方を、菊の里連町さんがメイン、われわれがサブという形で、2月からの実行委員会と月2回ほどの祭事部の部会という形で関係してまいりました。7月19日、20日、天気にも恵まれ2日間で3万人もの区民の方がおいでになりました。アサヒビール園の場合、1日の開催でしたが、区役所駐車場で、前夜祭、本祭という形をとって事務局が行うようになってから一番成功した例ではないかと思います。

そして、9月の最初、広報さっぽろ白石区版で「ふるさとまつり」をカラー写真を入れて、大変大きく取り上げてくれました。そういう意味で苦労したかいがあったなと思いました。

今回はコーディネーターという形で、あまり自信がありませんが、ひとつご協力よろしくお願いいたします。

自己紹介と「白石区ふるさとまつり」に対する思いについて

【中澤さん】早速パネリストの皆さんには、自己紹介を兼ねて「ふるさとまつり」に対する思いなどについて語っていただきたいと思います。

また、上田市長には「ふるさとまつり」に参加していただいた際の感想などについて、お話していただきたいと思います。

はじめに五十嵐さん、お願いいたします。
画像:パネリストの五十嵐さん【五十嵐さん】ご紹介いただきました五十嵐でございます。私は、白石厚別建設協会としてふるさと会に所属しております。ご存知のように、会長、副会長も建設協会です。今の業界で一番の不況業種に入りますが、その苦しい中から、会長、副会長として協力しているわけであります。大変参考になる思いをさせていただいております。

ふるさと会が主催で「ふるさとまつり」を開催しているわけですが、概略を、まず私のほうから皆さまに説明したいと思います。

ふるさと会の発足は、昭和51年。今年で33回目の「ふるさとまつり」を迎えました。歴史をたどりますと、札幌市が区政になる以前の白石町時代より、白石中学校、白石特定郵便局、当時の国鉄白石駅が、それぞれの立場で、白石区の開拓の基礎を築いた、宮城県白石市と交流を図っておりました。特に国鉄白石駅では、白石のルーツを探訪するための列車による白石市へのツアープランを企画し、多くの市民に喜ばれておりました。

その後、昭和47年に区政に移行しましたが、当時、白石区役所と白石の町連の方々も、宮城県の白石市との交流を図っておりました。

ルーツである白石市との交流と経済の発展とともに増え続ける白石区民、従来から白石に住んでいる方々、それらの郷土意識と連帯感を強め、白石区を人情味あふれる素晴らしいまちにすること、また青少年の健全育成を目的に、区内の町内会をはじめ、各種サークル、企業などの組織が役員となり設立されたわけでございます。

初代会長は、長浜万蔵さんでありました。会員は白石区内で、主に住民活動、企業活動を目的として結成されている団体及び官公庁、企業等の団体及び個人であります。平成19年度の実績で団体会員が115、個人会員が123となっております。

ふるさと会の運営資金は、団体会員、個人会員の会費によってまかなわれており、今年度の総予算は415万を予定しております。

構成は、総務委員会、ふるさとまつり実行委員会、事業委員会の3委員会で構成されております。

総務委員会は、機関紙「ふるさと」の発行と会員の拡大、各地区文化体育事業・青少年の健全育成事業のある白石の7団体に約75万3千円の助成を行っております。

また、ふるさとまつり実行委員会は、「ふるさとまつり」を実行するために、1月から会合を重ね、円滑な運営を図り、祭りを開催するために頑張っております。

事業委員会は、それとは別に「38回白石区中学生の主張発表会」を10月18日に開催します。この事業は、白石開基100年を記念して郷土意識の向上と青少年の健全育成を目的に開催された中学生の弁論大会を引き継いで「白石区中学生の主張発表会」として開催したもので、宮城県白石市の2名の学生を特別発表者として招待し、当区の優秀受賞者2名及び引率教諭1名を白石市に派遣し交流を図っております。

また、国際交流事業として、外国人の留学生の方や外国人の講師を招いて、子どもたちと遊ぶ「子どもワンダーランド」を開催しています。

それから7月最後の土曜日には、小学生を集めて自然と触れ合う「月寒川にぎわい川まつり」の事業をやっております。

それと皆さんもご存知の「白石でっち奉公」。今年度は10月3日から小学生93名によって始まり、約1,300名の小・中学生の参加を得て、実施されようとしております。

それから「まちづくりセミナー」の開催。これらが、主な事業委員会の事業で、約108万円の予算で実行されつつあります。

ふるさと会は、以上3つの委員会によって運営されております。

「ふるさとまつり」も順調な経済の発展とともに、円滑な運営を図ってきました。昭和51年から63年まで区役所の駐車場での開催。非常にユニークな発想として、白石音頭のパレードやミス白石2名の選出のほか、白石消防団の手作りによる大相撲の開催も行われました。皆さんも知っている人気のあった大関の貴乃花、また横綱千代の山も白石のイベントに参加しております。

平成元年に分区して以降、運営については、非常に難しく、環境を整えるのに、多くの区民の参加を得て、連帯感を強めるという本来の目的に徹してやるべきでありましたが、皆さんご承知のとおり、白石区は東西の連携は出来ましても、やはり南北の連携がよくない。鉄道で遮られている。そしてバスも非常に巡回する距離が長い。バス自体が18丁目駅、13丁目駅、7丁目駅、白石駅、東札幌、菊水とあるわけですが、この沿線の連携を図ることによって、多くの連帯感を含んだ祭りの実行が出来るのではと懸念しているところです。

それと、われわれ、建設業界は若手も参画させていますが、すでに40後半から50代になっております。世代交代も図っているところですが、次の時代に対する若さの引継ぎをしっかりと図ることが、これからの大きな課題だと思っております。

出発時点から、区民の連帯感、祭りを通じての親近感、これが非常に図られているという自負は持っておりますが、やはりこれを持続するためには、若い力を注ぎながら、次の世代へのしっかりとした引継ぎが必要ではないかと感じている状況でございます。

【中澤さん】五十嵐さんからは、ふるさと会の副会長という立場から、白石区独自のふるさと会の概要、ふるさと会がバックアップしておりますいろいろな行事、最後に課題として世代の交代とか地域の問題というようなお話をいただきました。ありがとうございます。

それでは、次、古屋さんお願いします。
画像:パネリストの古屋さん【古屋さん】私は、北東白石連合町内会の会長を現在務めております。私は「ふるさとまつり」が、白石区の8連町交代で当番制で回っていたときから経験しております。私どもも2度やりました。しかし地域でやるというのも大変負担が大きいということで、2回ずつ回った後、アサヒビール園でやることになりましたが、昨年は、大変だということで、廃止論も出ました。

これについては、それぞれの地域で、手伝いに出るのも大変だという話が出たわけでございますが、31回すでにやってきているので、やめるのは簡単ですが、次にやるための方法論を論じたほうがいいのではないか、出来る方法を考えよう、ということから、昨年から白石区役所の駐車場で実施することになったわけでございます。迷惑をかけた方もおりますが、何とかできたということで、非常に私もうれしく思っておりました。

区役所の駐車場で昨年今年と、続けたわけでございますが、祭りというのは本番そのものだけではなく、準備の段階で区内の異なった地域の方々が話し合い、お互いの知らなかった人が知り合いになれたり、そういったことが非常に重要なことだと思っております。また、本番では、終わってからまた片付けがあり、実行委員になる人は大変です。でも、終わってみれば、やったなという感じで、また来年もという気持ちも出てくると思うのです。

私どもの地域としても、同じようなことをやっております。よくお祭り騒ぎって言いますが、そういった感じも含め、人が集って、楽しむというのは大事なことだと思っております。8月に、七夕の集いというのを、体育館を借りてやっております。今年も700名くらいの人たちに参加していただきました。

いろいろな中で、地域では何をやっているのか知らない方が多いわけです。お祭りだけでなく、こういうこともやっているのだということを皆さんにわかってもらう部分では、このお祭りというのは大事だと思っております。

【中澤さん】ただいま古屋さんからは、北東白石連合町内会の会長さんという立場から、お話しいただきました。「ふるさとまつり」は、4年間で2度ほど曲がり角があったような気がします。一度目は、持ち回りが終わった平成16年、菊の里地区が最後にやったとき。古屋会長さんがおっしゃった廃止論うんぬんは、実行委員会方式により2年間アサヒビール園で行った後、いろいろな案が出てきて、大いに議論を戦わせた記憶があります。あと、祭りを行うに当たっての人と人とのつながり、連帯感というものもお話いただきました。

続いて澤村さん、女性の立場からお願いいたします。

【澤村さん】北白石連合町内会女性部部長の澤村と申します。まずは私と「白石区ふるさとまつり」、そして私が住んでおります北白石地区のお祭りとの関わりからご紹介させていただきたいと思います。

「白石区ふるさとまつり」が始まりましたのは、今から33年前の昭和51年だったかと思います。私は長く趣味で踊りをやっているものですから、この最初の「ふるさとまつり」で始めて披露された「白石音頭」の一員としてかかわらせていただきました。当時を思い出しますと、4人の振り付けの先生が白石の開拓の歴史を踊りで表現する振り付けにしようとご苦労されていたことを思い出します。そして地域の住民が手作りで作り上げた第1回の「ふるさとまつり」は大変な盛り上がりを見せ、大盛況だったように記憶しております。

また、私が住んでおります町内会は、毎年秋祭りを町内会関係者が中心となって、開催しているほか、1月には子どもたちが雪と親しみながら楽しむことができるよう、北白石雪フェスティバルというお祭りを連合町内会で主催しております。どちらのお祭りも多くの住民の方々の参加をいただいて、地域の一大イベントになっております。

【中澤さん】ありがとうございました。澤村さんからは「白石区ふるさとまつり」のシンボルであります「白石音頭」誕生の秘話などを含めて、女性の立場からお話いただきました。

それでは最後に上田市長さんよろしくお願いします。
画像:パネリストの上田市長【上田市長】いろんな形で「ふるさとまつり」にかかわっておられる皆さん方のお話を聞いていて、白石の特殊性といったことをすごく感じるのです。

昔は10区すべてで区ごとの祭りがあったと聞いているのですが、だんだん無くなってきまして、今は、白石と厚別と清田、この3つになってしまったのですね。何か自分たちのシンボリックなものをやろうじゃないかという地区の盆踊りだとかはありますし、手稲だったら手稲の運河祭りや桜祭りなど、いろいろな地区でやっておられますが、区全体でやろうとすると大きなお祭りになるので、負担感があって、もうやめようかという話になってしまうようです。

白石は歴史が古く「ふるさとまつり」と言っておられるように、地域に対する絆といったものを大事にしようという風土がすごく強いところだと思います。

僕は、市長になった平成15年からずっと来ていると思います。オカリナかなんか吹いて、びっくりさせていい気になっていたという記憶がありますが、踊りの浴衣姿のお母さん方がずらりと並んで、すごいなと思ったことがございます。大人が一生懸命にやっていますと、子どもは目が輝くのですね。子どもというのがとても大事だと思いますね。

商店街の人たちが「でっち奉公」というのをやっていますよね。あれがまたすごくユニークな活動で、子どもに大人が仕事をやっているところに参加してもらって、仕事を自分たちで学ぶということを考えておられる地区として、白石というのはあると思うのですね。

子どもを中心に、何か思い出を残してやろうと、自分のふるさとはこれなんだというものを残してやろうという大人たちの熱い思いが、この街にはすごく強く残っているから、とても素敵なお祭りになっているのだろうと思っております。1回やめてしまいますと、再結成というのは非常に大変なものだということは、お話の中でもございましたように本当にそう思います。苦労しながら続けてこられたということが、白石の魅力ということですね。これからも頑張って続けていただきたいというのが、私の希望であります。

準備の段階からお祭りの本番で、当日だけが祭りじゃない、準備をしていく過程でいろいろな地区の人と交流することが出来る、今まで知らなかった人と知り合いになれる、といった面白さがあるというお話がありましたが、それがたぶん祭りやイベントをやるときの醍醐味(だいごみ)なのかなと思います。

これだけの大都市になりまして、札幌市の行政課題として、これから皆さん方にこの街を好きだと言ってもらうためには、やはり安心安全そして快適なまちづくりにみんなが参加していただきたいと思って、いろいろなことをやっているわけですが、その安心安全そして快適というのは、地域に力がないとだめなのですね。地域力というか、あるいは福祉なら地域福祉力といいますが、これは自分の住んでいるところに無関心だと絶対に追求できないことなのですね。

ですから、私どもは住み慣れたところでずっと元気に豊かな人間関係を作りながら、生活をしていくためには、何かみんなでやれること、人々が結集できるお祭りというような自分たち独自のものを持っていくというのがとても大事なことではないかと思っています。すごく素晴らしいお祭りが白石でここまで続いているということが、この街でずっと暮らしていくぞという気持ちをつなげていく。そんなお祭りをふるさと会がしっかりと続けているのが、私はとても素晴らしいことだなと思っているところであります。

【中澤さん】どうもありがとうございました。ちょうど4年前から「遊芽(ゆめ)カーニバル」と「ふるさとまつり」がドッキングしました。これは成功した一つの例じゃないかと思っています。小さい子どもたち、お父さんお母さん、そしておじいちゃんおばあちゃん、三世代の方が、気軽に会場に来てくれるというのも、成功の要因ではないかと思っております。

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 「白石区ふるさとまつり」における地域の連帯感、郷土意識について

【中澤さん】次に「ふるさとまつり」を通して、若干、抽象的な面にもなりますが、郷土意識、ふるさと意識ですね。ふるさとに対する愛情、もうちょっとわかりやすく言うと、白石に住んでいて良かったとか、白石に住んでいることを誇りに思うということにもなるかもしれません。
画像:コーディネーターの中澤さんまた、白石という地名一つを考えましても、非常に歴史的に重いものがあるということを含め、会場の方々に、実行委員会方式になってから「ふるさとまつり」に参加しましたよと、一般の観客として参加した場合でもいいですし、実行委員、協力委員として参加した方も含め、おいでになっている方々の中で「ふるさとまつり」へ参加したことがある人。挙手でどのくらいの人数の方がおいでになっているか確かめたいのでご協力お願いします。

やっぱり今日おいでになっている方は、かなり「ふるさとまつり」のあり方というのに興味を持っているなと思います。

そこで、会場の方で、お一人かお二人、単なる感想でもよろしいですし、また一歩踏み込んで、地域の連帯感、郷土意識という形でもよろしいので、お話いただけませんでしょうか。

いろいろな立場の方のご意見を聞くということが、これをさらに生かしていく上で必要不可欠のように思われます。単なる感想でもよろしいですし、一歩踏み込んで、連帯感、ふるさと意識の醸成という形でもよろしいですが。

おりませんでしょうか。お一人でよろしいです。

はい。皆さん心の中でそれぞれ自分のことを反芻(はんすう)していらっしゃると思いますので、それでは、私のほうで申し上げました、地域の連帯感、郷土意識ということを中心に、パネリストの皆さん方から、一言ずつお話いただきたいと思います。

まず五十嵐さんお願いします。

【五十嵐さん】連帯感という面では、直接、委員会とか事業に参画して、皆さんとお手伝いをすることによって、連帯が深まるわけですね。ですから、やはり出来るだけそういう問題に協力していただくことが、第一条件だと思います。

それから郷土意識については、昔の白石から明治4年に移住して現在まで、三代から四代の方が、祖先会として残っていますが、昭和30年、40年代の白石が発展する時期に住みついてから、郷土意識を持つのとでは、若干差はあると思います。それを克服するために、ふるさと会では郷土意識を、連帯感を持とうということを前提に発足しております。その辺の捉え方は、若干違いますけれども、白石に対する郷土愛を感じるところでございます。

連帯感については、先ほども古屋さんがおっしゃっていましたけれども、仕事を通じて、事業を通じて、委員会を通じて接触している方々との、連帯感を非常に強く感じます。

【中澤さん】ありがとうございました。それでは、古屋会長さん、お願いします。
画像:パネリストの古屋さん【古屋さん】私どもの地域のことをちょっとお話させていただきますけれども、私どもの町内会というのは、単位町内会となって30年で、まだ若い町内会です。最初、こういう祭りごと、盆踊りにしてもそうですが、お盆の時期だとか、若い人が多かったものですから、人がいなくなってしまうのですね。それが、最近は逆に、出ていった子どもたちがふるさととして、帰ってくるようになってきています。おかげさまで盆踊りにしても、非常に盛大にできるようになりました。一時期やめようかなと思ったこともありましたが、やはり続けていてよかったと、最近つくづく実感しているところでございます。

それと、今年、白石と友好都市であります、宮城県の白石市に行き、夏祭りに参加してきたわけでございますが、やはり一番感じたのは、歴史ですね。人口4万人弱の小さな市ですが、300年、400年という歴史というものを本当に感じました。パレードにも参加いたしましたが、地域の企業が率先して出るのですね。当然企業の名前も出しながら、宣伝も含めてというわけですが、本当に街をあげてやっているという感じでした。札幌は130年くらいですか。その辺の歴史は相当違いがあるなと実感しました。やはりわれわれもこれからこういったことを含めまして、いろいろと考えて、また進めていかなければいけないかなと感じております。以上です。

【中澤さん】ありがとうございました。それでは澤村さんお願いします。

画像:パネリストの澤村さん【澤村さん】地域のお祭りに人が集まるのはなぜなのか。やはりお祭りに来るのが楽しいから来ているということですよね。でも現代では、娯楽やレジャーが多様化していて、昔と違い、おいしい食べものなどもたくさんありますよね。お祭りに来なくても、ただおいしいものを食べ、楽しい時間を過ごしたいということであれば、そういった機会はいくらでもある時代です。それでもお祭りにたくさんの人が集まるのはやはり住民が地域のイベントに参加することによって、地域の連帯感や郷土意識を感じたいという思いが、心の底にあるからではないでしょうか。

また、お祭りを運営する側の人間としてみても、地域の皆が喜んでくれる場を作ろうという目的意識の下、町内会役員が一体感や連帯感を感じながら、自分たちの活動が地域に貢献しているという、実感を得られる機会でもあります。そういった意味では「白石区ふるさとまつり」はまさしく地域の連帯感や郷土意識の醸成に大きな役割を果たしていると思います。

そこで「ふるさとまつり」の課題についてでありますが、北白石のようにお祭り会場である白石区役所から、地理的に離れた場所にある地域住民は、お祭りへの関心が若干薄くなっていると思います。白石の開拓の歴史を、住民みんなで守っていこうという取り組みであれば、なるべく多くの区民に、今後もこのお祭りに参加していただきたいと思っております。

【中澤さん】ありがとうございました。それでは、地域の連帯感、郷土意識の醸成という面から市長にコメントをお願いします。
画像:パネリストの上田市長【上田市長】私は札幌へ来て、31年目です。昭和53年に4月に札幌にまいりました。生まれたのは十勝の幕別町という町です。そこで高校卒業までいて、大学は東京に行って、札幌で仕事をするというような形で来て、30年くらいです。この町に住むぞって思うと、やっぱり札幌のことは何でも知っておきたいなと思うのですよね。

要するに街を自慢したいという気持ちですね。あれもこれも知っている、おいしいものもあるぞ、あそこへ行くと面白いぞという、いろいろな情報を知りたいという欲求がありまして。自分のふるさとは十勝ですが、子どもはここで生まれたら、子どもにとってのふるさとはここなのですよね。だから僕が十勝のことを思うのと同じように、子どもたちにとって札幌はやっぱり大事なふるさと。彼らがいろいろなところに出ていって、傷ついたり悩んだり、嫌になったりしたときに、どこが心のよりどころになるかというと、やっぱり小さいときに過ごしたところ、親が住んでいるところ、に戻ってくる。そして何も言わなくても何となく心が豊かになるというか、ほっとするというか、そういうのがふるさとだと思うのです。その時に、小さい時にこの町で過ごして、何か面白いことがあった、大人たちが面白がってやっていた、そういうものがないと、ただそこにいたなというだけでは、ちょっと厳しいかなという感じがするものですから、子どもたちに自分の街のことをしっかり教えたい、印象深くしたいという、そんな気持ちが子どもを持ってから、特に強くなりました。

そんな意味で、街が大きくなればなるほど、人間関係というのは薄くなってくるというか、都会というのは、煩わしくなくていいやという人もいますけれども、やっぱりその自分の住んでいるところで、子どもの頃からよく知っているおじいちゃん、おばあちゃんがいたり、父さん母さんがいたり、小学校から一緒だった友達がゴロゴロいる、そして街角に立てば、自分たちの青春が、あるいは幼少の頃のことがちゃんと思い出になって残っているという状況が人間を、人生を豊かにし、間違いのない人生を送っていくということに役立っていくのではないかなと思います。

そういうところに役立つのは、皆で情熱を傾けて、ちょっとしんどいけども、役割分担して、お祭りをやっただとか、みこしをかついだとか、出店を出して面白かったとかが、心のひだの中にちゃんと刻み込まれているかどうかという、そのことが人生の豊かさにつながっていくのではないかなと思います。そんな意味で、札幌といえば、メインストリートに、駅前通、大通りがあって、大通公園は札幌の象徴であったりして、そこで夏になればみんなでビールを飲んで、大騒ぎする。札幌に行ったらみんなそういうことを思い出にしているのと同じように、もうひとつローカルな、自分が住んでいる場所で一つ一つ思い出が数えられるというものとして大事にしていきたいなと思いますね。だから苦労すればするほど、結構いい思い出が出てくると私は思います。

【中澤さん】ありがとうございました。ただいま地域の連帯感それから郷土意識の醸成というような言葉でお話しいただきましたが、昭和51年に生まれたふるさと会会則第2条のところに目的というのが書いています。ちょっと読ませていただきます。「この会は会員それぞれが郷土意識を深め、地域相互の連帯意識の高揚を図るとともに、区と相協力して、私たちの住む白石区を人情味あふれる素晴らしいまちに育てていくことを目的とします」と、ふるさと会の目的がはっきり謳われています。郷土意識を深める、連帯意識を図る、そして最終的には人情味あふれる素晴らしいまちにと。この精神は、これが生まれて33年経っているのですが「ふるさとまつり」やその他の行事を通して、やはり脈脈と生き続けているのではないかと思います。

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 今後の白石区ふるさとまつりの方向性

【中澤さん】今後「ふるさとまつり」がどうあるべきか「ふるさとまつり」の方向性に論点を移して、パネリストの皆さん方にご意見を伺いたいと思います。

まず五十嵐さんお願いします。

画像:パネリストの五十嵐さん【五十嵐さん】非常に経済環境が厳しい中で、予算的にも厳しかったものですから、企業まいりをして、いろいろお願いをしてまいりました。予算を150%ほどオーバーする資金を確保したのですが、業者によっては非常に厳しい環境の中でも前向きにやってくれる方もいました。「社長、若い人出してくださいよ」と言ったら、「今は厳しい、忙しい、無理だ。だけど機会あれば必ず出すよ」と、前向きに付き合ってくれる方もいました。

やはりわれわれの働きかけも足りないと思いますし、PR不足、ふるさと会の認識が、区民の方々に伝わっていないという落ち度もあります。企業に対するPRも少ないです。ですから、われわれの旗の振り方によっては、前向きにつきあってくれる経営者の方も若い方もいるわけですし、その辺を前向きに付き合っていけば、まだまだ良い環境の中で、運営を図っていけると確信しております。

【中澤さん】五十嵐さんありがとうございました。

それでは、古屋会長さんお願いします。

【古屋さん】この「ふるさとまつり」は、実行委員をやっている方々、地域で町内会とかまちづくりだとか、何かで携わっている方々がほとんどなわけですね。町内会の役員をやっている方々、私もそうですけれども、どんどん年が増えていくわけですね。そういう中で、私はアイデアというのは固まっちゃいけないと思いますし、いろいろなものを考えるには、もっと若い世代を取り込んでいく形を、今後考えていったほうがいいのではないかなと思っております。

画像:パネリストの澤村さんYOSAKOIソーラン祭ですか。これも学生さんが始めたのですよね。こういったことも多少参考にして、いろいろな形でアイデアを取り込んでいく必要があるのではないのかなと。町内会の役員をやっている人間も少しは楽が出来るかなという部分も含めてですが、そういったことも考えていく必要があるのではないかなと思っております。私自身も、年とともに、頭が固まっていきます。やはり若い人の力を借りるという形が望ましいのではないのかなと考えます。

【中澤さん】どうもありがとうございました。それでは澤村さんお願いします。

【澤村さん】会場から遠くの交通不便なところの皆さんが参加できるような工夫をもっともっとしていただきたいと思います。「ふるさとまつり」は、これからも多くの人に愛されるイベントとして、続けていってほしいと思います。

【中澤さん】はい。どうも。それでは最後に「ふるさとまつり」の今後の方向性ということで市長さんお願いします。
画像:パネリストの上田市長【上田市長】やっぱり、お祭りは担い手が高齢化していくということが悩みだと思います。昔は若かったから出来たのですが、だんだん年を取ってきますと、経験は増えていくのですが、体力が持たないということが一番問題だと思うのです。そのときにどうしたら良いかと言ったら、僕なんかは、学校を利用します。札幌にはいろいろな大学がありますし、専門学校もたくさん。高校だっていろいろな高校があります。そういうところの子どもたちに、地域の中で、何か一緒にやらないか、一日ボランティアをやらないか、と声をかけるとか、アイデアを募集するとか、そういう若者に対する働きかけを積極的にやれば必ず面白がってくれるのですよ。札幌市立大学なんかも活用するとかね。いろいろな興味を持った学生たちが必ずいろいろなところから集まってきてます。そういう人たちと一緒に、大学の中だけで、あるいは専門学校の中だけで勉強するのではなくて、せっかく札幌に来ているのだから、札幌で勉強したらどうかという問いかけをしたらと私は思っています。

現にそれで、北大の近くの鉄西地区では、お祭りを学生が一生懸命やっていますよ。南区の北の沢とか南の沢とかでは、東海大学の学生たちがものすごく一生懸命頑張っている。

白石であれば、近隣にあるいろいろな専門学校とかの学生に、俺達のふるさとまつりを一緒にやってみないか、学生のアイデアはどうだ、というようことを問いかけていくとか、そういうものをどんどんアプローチしていく積極性はあっていいのではないかと思います。彼らは、札幌の人たちと交わって、イベントを成功させたということが、財産になって、北海道のどこかで生活をし、いろいろなところで仕事をするというときに、人との交わり方だとか、地域をどうやって盛り上げていくのか、という技術を身に付けていくのですよ。大学や専門学校には、必ずそういうことが好きな先生がいます。そういう人に「うちの祭りどうだろう?」と問いかけてみると「それじゃ学生何人か連れて行くわ」と必ずなるのですよね。閉鎖的になるのではなくて、オープンにして、助けてくれよということをやってみると、ものすごくうまくいくのではないかと思います。

それで、ふるさと会でやっておられる行事で「白石でっち奉公」というのがありますよね。これはものすごくユニークな活動で、文科省からも評価されて、学生、子どもたちの職業体験ということで、全区でやろうとしています。ここの商店街の人たちが努力をして、ふるさと会の皆さん方が、子どもたちを一日預かって仕事させてやる、一日、大人と一緒に仕事をさせるということで、すごい発見が彼らにあって、学習効果もものすごいですね。

どこかのスーパーの方がおっしゃっていましたけれども、一番良かったのは万引きが少なくなったことだと言われました。要するに自分たちが働いて、誰かに盗まれたらどれだけ悔しい思いをするかということが働くとわかると言うのですね。それはもう素晴らしいことだったと聞いたことがあります。1,300名の子どもを受け入れるだけの事業所が、現に白石にあることは、大変誇るべきことだと思います。よほどボランティア精神がないと、子どもを引き受けて、教育してやろうなどという人はいないですよ。ここまでやってきたから1,300人も受け入れることが出来る区になったのだと思います。

これだけの背景があるということは、お祭りは完璧にうまくいくと思います。白石が、白石に住む子どもたちが大好きで、まともな大人になってもらいたいという思いでいる大人たちがたくさんいるということ。先ほど1,300人ということで、びっくりしたのですが、素晴らしい活動だと思います。

そんな意味で、皆さん方、囲い込みしないで、いろいろな力をいろいろなところから借りてくる、祭りの交換でもいいですよね。手稲でやっているお祭りの学生を引っ張ってきて、うちでもやってみないかと。道工大の学生が、いまやもう1万個になるくらいの「夏あかり」というちょうちんを子どもたちみんなに作らせる。ちょうちんに絵を描かせて、メッセージを書かせて、そしてぶら下げるのですね。ものの見事に素晴らしい夏祭りができております。それを白石でもやってみないかと言ってみたらどうでしょうかね。「ちょっと力貸してくれよ」、「きれいな場所があるのだから」というようなことを、いろいろな形で声をかけることが、学生たちの勉強にもなり、私たちのまちづくりにも役に立ち、発展していくのではないかなと思ってお聞きしておりました。

ぜひ頑張っていただきたいと思います。

画像:コーディネーターの中澤さん【中澤さん】ありがとうございました。若い世代のアイデア、エネルギー、それをどう「ふるさとまつり」に生かすかということで、大変貴重なご意見でした。

ただ、区内には短大、各種学校はありますが、4年制の大学がないんですよね。それで、私はレッツポプラという、職業についている若者の組織なども活用できるんじゃないかと思っています。今年「ふるさとまつり」の写真を撮るのに、白石高校の写真部が顧問の先生と一緒に来ているということがありましたし、若い力をわれわれのほうから発掘して、どんどん取り入れていかねばならないと思っています。

また、世代交流ということに関しましては、「遊芽(ゆめ)カーニバル」とドッキングしたということで、自然に、三世代四世代という形の人たちが集まるようになりました。地域間の交流ということに関しましては「ふるさとまつり」には、4つの部会があります。総務、会場、祭事、そして衛生という形で、必ず2つの地区2つの連町が担当し、それがローテーションを組んでいます。すると、去年のより立派にしたい、次に祭事をやる人も今年よりもさらにいいもの、新しいものにしたいという。そういうことを考えますと、自然と二つの連合町内会の中で、連帯感が出るのです。

たまたま小学校のスクールバンドの発表があるとき、楽器を運んでくる、舞台に乗せる、演奏が終わったので下ろす、という担当は一応決めていましたけれども、2つの連町、20人が一斉にやると、自然と気持ちの通じ合いというか、与えられた仕事を責任を持ってやろうというようなものが出てきたのではないかと思っています。

大きな方向性として、若い世代のアイデア、エネルギーをどうやって注入するかということと、JRを挟んで、北白石、北東白石、菊の里の人たちが区役所駐車場にやってくるのに、シャトルバス等を今年は設けましたが、PR不足等もあって、若干数が少なかったということを、来年度に生かしていきたいと思います。

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 パネルディスカッション総括

【中澤さん】最後に、もう一度、市長さんから、今日のこのパネルディスカッションの総括的な形でお話し願います。

画像:パネリストの上田市長【上田市長】ありがとうございました。4年制の大学がないというようなお話でしたが、各種学校、専門学校などで十分だと思います。高校生の部活をやっている写真部もそうですし、演劇部や野球部、ブラスバンド部だってあるでしょう。そういう若い力を街の担い手に、育てていくということがとっても大事だと思います。

特に白石と関係なくたって、大学ならどこでもいいじゃないですか。何々区の大学というわけじゃないし、札幌に勉強に来ているわけですからね。江別辺りにもたくさん大学ありますでしょ。そういうところに声かけていいと思うのです。要するに、これだけの受け皿、先人たちのご努力で、歴史を作ってきているわけですから、こういうところで、君の力を生かしてみないかというやり方をすることが、僕は大事ではないかなと思います。

お祭りやふるさとということに、一番大事なのは、先人に対する感謝の気持ちだと思います。こういうことをやると、必ず出てくると思うのです。この街を作ったのは誰だ、この井戸を掘ったのは誰だ、ということを大人から子どもに伝承し、教えていくということです。それが郷土愛につながるし、先輩に対する敬いの気持ちも出てくる。また、先輩を乗り越えていこうという気持ちを持った子どもたちが生まれてくると思うのです。そういう刺激を与えるために、お祭りやイベントを一緒にやって、子どもたちにこの大人の実力を見せ付ける。そして子どもの心のひだにきっちり刻み込むということが、白石の発展につながると思います。若い頃は、どこかに働きに行くかもわかりませんけれども、退職したら白石に住みたいな、帰りたいなという気持ちを必ず持ってくれると私は確信いたします。

そんな意味で、世代の交流が出来て、この白石という街がますます発展していくことに繋がっていくのではないかなと思いますので、ふるさと会の皆さま方に、これまでの活動に心から敬意を表し、これからも頑張っていただきたいなと思っております。

ありがとうございました。

【中澤さん】それでは、大変つたないコーディネーターで申し訳ございませんでした。パネリストの皆さん本当にありがとうございました。

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 4第2部:フリートーク

 市政の重要課題について

【司会】引き続き第2部、フリートークを始めたいと思いますが、ここで上田市長より市政の重要課題につきまして、お話があります。上田市長、よろしくお願いします。

画像:上田市長【上田市長】第1部、熱心にご参加いただきまして、ありがとうございます。

冒頭にもお話し申し上げましたが、市政の重要課題というのは、この地区で言いますと、バスの問題が大変混乱を与えたということで、皆さま方に、何度でもお詫びを申し上げなければならないと思っております。

皆さま方にお詫びをするということは、市のこのバスの公共交通に対する問題の捉え方が、やはり体制的に不十分だったと思うからであります。こうやって言えば、私を支えてくれている14,800人の札幌市役所の職員は、真剣にこの問題を考えなければならないと、二度とこんなぶざまな格好にさせないぞと思ってくれているはずです。そう思って、皆さん方に、本当に率直にお詫びを申し上げながら、こんなことは絶対に二度と起こさないぞと、そういう決意を表明させていただいているところでございます。

ぜひ、頑張ってまいりますので、バス問題についても、正直にお答えいたしますし、分からないところは分からない、至らないところは至らないと、ですからこうしたいという希望も含めて、申し上げたいと思っておりますので、ご遠慮なく言っていただければと思います。

それから、市政の重要課題といいますと、札幌市において「子どもの権利条約」で狙っているような子どもの育て方をしたいということで「子どもの権利条例」を作りたいと、一期目の選挙から公約で申し上げ、実現をお願いしてまいりました。賛成していただける方もたくさんおりますけれども、反対論もあるという中で、議会の中で継続審議ということになっておりました。今日、文教委員会というところで、一応、原案どおり採決をし、今回の議会で成立をさせようという決定がされました。今度、本会議で最終的な決定がされるわけでありますけれども、一応見通しが立ったという状況であります。

これまで世界で、子どもに対していろいろな関心を持って、子どもの権利だとか、子どもの児童憲章だとか、そういうものを作ってまいりました。これは、だいたい戦争がらみで、第1次世界大戦、第2次世界大戦、いろいろ大きな戦争があるたびに、何の罪もない子どもが殺され、大人が子どもの保護をしてきた。お父さんお母さん達が殺され、戦争の孤児がたくさん出たのですね。大人の責任として、そういう子どもたちを社会が守っていかなければならない。子どもは一人じゃ生きていかないわけですから。そういうことをみんなで守っていこうじゃないかというのが、子どもの権利だと今まで言われてまいりました。

ところが「子どもの権利条約」というのが国連で1989年成立をいたしました。これは何をやるのかというと、子どもは保護しなければならない、いろいろなことを自分で判断できる大人になれるよう支援しなければならない、そういう自立をしていく、発達をしていく過程を大人がちゃんとサポートしていかなければならないと、単に衣食住を保障しようというのではなく、精神的にもしっかりと自立した大人になれるように、子どもの頃から自分のことは自分で考えて、判断をし、決めていく。そういう大人になれるように子どもの頃から私たちはわかりやすく情報を提供したり、意見を形成する手伝いをしたり、そういうことをやっていこうというのを狙いに掲げております。子どもにいろいろなことに参加をしてもらったり、意見を言えるようにサポートしてあげたりしていこうというのが意見表明権だとか参加権と言われているものであります。これは、日本が1994年に批准をしておりますので、国内法として既に効力があるのですが、もっと身近な問題として、子どもに対して市民、市役所はそういう意味でのいい大人になれるように、育てていきましょうという条例を委員会で可決していただきました。

これは、これから本会議で成立していただけるように努力をいたしますが、成立いたしますと、学校でもいろいろな機会を捉えて、子どもたちにしっかりと自分のことは自分で考えて、いろいろなことに参加できる場所を保障しながら、教育の過程でも地域の中でも、そういう子どもを育てるよう努力していこうという実践が行われるようになると思います。
ぜひ、いろいろな広報手段を使いまして、皆さま方にも「子どもの権利条例」というものお知らせしたいと思いますが、わからないことがあれば、皆さん方同士で話をするなり、まちづくりセンターでさまざまな活動に参加をされる中で議論をしたり、いろいろな方に質問してみたりして、盛り上げていただければうれしいと思っています。

市政の問題で、今、重要な課題としては、バスの問題、「子どもの権利条例」の問題、それから来年の7月から、ごみの有料化ということになります。

ごみの減量のために、本当に必死になって頑張らなければならないということで、有料化がひとつの大きな契機になるだろうという思いで、作らせていただきました。多くの議会での議論を踏まえまして、10年後に篠路清掃工場を無くせるように、24万トンの一般家庭ごみの排出をしなくて済むように、使えるものは徹底的に分類して、本当に焼却をしなければならないものを絞り込んでいこうと、皆さま方に情報提供させていただいておりますし、こうしたら減るという具体的な行動、情報も提供させていただいたております。

ぜひ、また広報等でお伝えをしていきたいと思いますので、ご協力のほどをよろしくお願い申し上げたいと思います。

あと40分ございます。いろいろなご意見をちょうだいして、私に答えられることはしっかり答えます。ぜひ質問していただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

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 水源池通跨線橋のスロープについて

小松昭二さん(こまつ・しょうじ)さん(白石地区)

画像:小松さん(白石地区)【小松さん】水源池通の歩道のことについて、ちょっとお伺いをしたいのですね。水源池通に、昔、柏丘踏切があったのですが、その踏切が、高架の工事で無くなったわけですね。その高架の上に一部歩道がありまして、その歩道に行くのは斜道利用をしないと不可能なのです。勾配が12度あるんです。登ったら降りなければいけないのです。12度という勾配が、136mに及んでいるわけです。

したがって、車椅子とか乳母車とか、老人とかいわゆる交通弱者が、この歩道というのは極めて利用しにくいわけです。冬になると、健常者といえども、12度の勾配というのはちょっと危険で歩けない状況にあるのです。積雪とか吹雪とかいろいろありまして。参考までに申し上げますと、この水源池通の車道は、勾配が4度だというのです。それで、人間の歩く道が12度というのは、どういう具合に考えたらよろしいのでしょうかね。

市長、80歳の夫が78歳の妻の乳母車を押せるような歩道が欲しいのです。地域の住民としては。

さらに言わせていただければ、この件について、市のほうに改善方お願いした経緯がある。そのときに大変なバリアになっているということは認識していると言うのです。しかし、特定道路ではない、基本構想外である、全市的な問題ではないので、考慮する場所が見当たらないというご回答なのです。市にとっては小さい問題かもしれないですが、地域住民にとっては切実な問題なわけです。

この件について、市長さんのご意見というか、感想をお聞かせ願いたいのです。

【上田市長】これは、ほかに通る道はないのですか?

【小松さん】ええ。私ちょっと申し遅れましたが、平和通地区に住む小松というものでございます。その橋を渡らなければ、白石地区というのは鉄道があって二分されているので、1キロ先の白石駅の踏切、さらにまた1キロ迂回(うかい)して水源池通に出るわけですね。そうすると、乳母車だとか車椅子を押して、2キロも回って目的地あるいはこっちに来るという、通院もできなければ、年寄りは買物にも行けないという状況なのです。

これについてご意見いただきたいのです。

画像:上田市長【上田市長】意見といえば、これはやはり人が通るための道路ですから、バリアフリーと言いまして、あるいはユニバーサルデザインと言いまして、障がいを持った人も、そうでない人も楽に、歩道橋を利用できるようにするというのが一番基本だと思います。だからこれは多分、法律か何かで、12度以下でなければならないという規定があったのではないでしょうか。その構想に当てはめて作ったのだろうと思うのですね。

ただ、法適合性はあるかもしれないけれども、現実の冬ということになると、とてもじゃないけれどもこれは使えないよという状態のとき、どう解決したらいいかという問題ですね。

どうしましょうか皆さん、これ。もう作ってしまったものです。いつ出来たのですか。

【小松さん】51年。

【上田市長】昭和51年?32年前。ほかにこういう場所ございますか?この白石ですから分離していますよね。

【小松さん】たくさんあります。

【上田市長】たくさんあるのですか?

【小松さん】この構造はここしかないです。

【上田市長】このくらいむごいのはここしかない?

【小松さん】あとは、みんな歩道が付いているのですね。いずれもこの角度が4度なのです。

【上田市長】4度。4度というとものすごい長くなりますよね。

【小松さん】12度というのは、スキー場のロープウェイに匹敵するような勾配なんです。これを80歳の老人が、お婆さんを乗せて乳母車で歩けますか。それを聞きたいのです。

【上田市長】ちょっと専門家に意見を聞いてみます。
画像:若松土木部長【土木部長】
土木部長の若松と申します。今おっしゃられた水源池通の歩道の部分のスロープの件ですが、51年に建設されて、供用開始されております。当時の基準としては、建設省が定めた基準がありまして、この中で斜路の勾配は12%を越えてはならないという基準があったのと、あと当時都市計画決定されていた区域の中で、いろいろ工夫をしてもなかなかそれを緩和することが出来ないということで、今のような状態で作られたという経緯がございます。その後、昭和54年に建設省の基準が見直しされたのですが、その中でも補助者に押してもらうことを前提に、12%を許容するということで、大幅な見直しはなかったのですね。

【上田市長】今もその基準なのですか?

【土木部長】その後「交通バリア法」ですとか「道路の移動円滑化ガイドライン」というものが定められまして、自治体が「バリアフリー基本構想」というものを作って、その中で位置づけられたものについては、バリアフリーを進めていこうということになっています。

今ある計画では、都心地区ですとか、副都心地区、麻生地区ですとか、交通量の多いところ、歩行者の交通量の多いところを重点地区に位置づけしておりまして、そこについてはバリアフリーを進めております。土木部のほうに確認しましたら、今後見直しを行うという予定もあると聞いておりますので、その中で今おっしゃられた水源池通のことについても、検討していきたいというようには、聞いております。

【上田市長】今の問題はなかなか解決は出来ないですね。こんなでかい構築物ですからね。これをすぐ直せと言われて。

【小松さん】そんなことは一つも言ってない。

【上田市長】こういう問題があると。

【小松さん】そうです。個々の問題ではなく、それを聞きたいのです。今は無計画でね、いつ直るかわからない、過去のそんな条例なんてそういうことを聞いているのではない。現実の問題として、こういう道路を道路管理者として、どんな具合に考えるか、それを聞きたいのです。

【上田市長】夏ならともかくとして、冬はものすごく厳しいですね。

【小松さん】厳しいです。誰か、体の不自由な人を乳母車などであそこを通れるか検証してくださいよ。

【上田市長】これは今、小松さんがすでに使われているのですか?

【小松さん】78mあるのです、上りが。合わせて130mあるのです。

【上田市長】日常的にここは使われるのですか。

【小松さん】それを使わなかったら買物にも行けないし病院にも行けないです。正直言って。

【上田市長】そういう方々が、ここは要するに南北をですか。

【小松さん】南北通るのを避けたら、1キロは歩かなかったら踏切に出ないです。

【上田市長】それは困りますね。しかしね、どうしたらいいのでしょうね。

【小松さん】踏切があった時代はね、そんな問題は全然なかったのです。

【上田市長】今これ、踏切を再開するというわけにはいかないのですか。

【小松さん】それはもう私どもの考えることではなくて、道路管理者が…。

【上田市長】できないですよね。

【司会】市長いかがでしょうか?切実な問題だと思いますが、今ここでどうしようということは…。

【小松さん】土木部長みたいな回答っておかしいですよ。建設省の基準ではなく業界の基準ですよ。

【上田市長】これ、本当に困りましたね。ここを通らなければ買い物にも行けないという状況であるという。

【小松さん】その辺というのは、市長ご存じかわからないですけど、商店街からかなり遠いのです。水源池通を中心にした場合。どちらに行くにしても病院…

【上田市長】小松さんの意見は分かりました。皆さんが市長だったらどういう回答をされます?私も小松さんのお困りになっているという現状はよくお聞きしてわかりましたけれども、では、どうするかという時にね、皆さん方がもし市政を担う市長の立場にあったらどうするかという知恵を借りたいのです。

画像:高橋さん(北白石地区)【高橋好則さん(北白石地区)】住民あっての市長だと思います。それで、今3分しかないことですから、部長も入れてこれを煮詰めてみましょうと。実態を見てからという方法でいいんじゃないでしょうか。ここで答えなんかわれわれ出せるわけない。

【上田市長】出せないのですよね。出せないのですが、お困りのことはよく分かりました。それからあとですね…

【小松さん】特定道路ではないとか、そのデータにそぐわないとか、そういう回答は、理解できないのです。何年先にこういう会議があるので、こういう会議でどういうようにしましょうとか、それについては予算措置も必要なので、5年先だとか7年先には努力するとか、そういう回答でなかったら、市民としては納得できないのです。

【上田市長】わかりました。今もちろん回答は出来ないだろうと。使い手にとって使える施設じゃなければだめなのだと、だからこれは改善しなければならないことは、明らかだという認識は皆一致したということで、ではどうするかということについては、ちょっと検討させてください。

【小松さん】いや、その通りだと思います。土木部も現地に来たけど、極めて不誠実だよ…

【上田市長】わかりました。これを作るときには悩んだだろうとは思うのですが、現実に使い勝手が極めて悪いというご指摘がありまして、多くの方がそういうことを思っておられるということだとすれば、これはやはり改善しなければいけないということは良く分かりますので、ありがとうございました。

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 東米里地区のまちづくりについて

安藝邦夫さん(あき・くにお)さん(菊の里地区)

画像:安藝さん(菊の里地区)【安藝さん】東米里の安藝と申します。

東米里小中学校が学校適正化の問題で廃校になろうとしております。地元住民は、地域コミュニティの拠点である学校がなくなることには非常に危機感を抱いております。このままだと、将来子どもがいなくなることは、承知しております。したがって、学校規模の適正化は十分に理解できますが、東米里地区は札幌市に多大な貢献をしてまいりました。グリーンベルトの用地買収、清掃工場の建設、下水処理場の用地買収、建設。よその地域では受け入れられないものを東米里は多く受け入れてまいりましたが、札幌市は東米里のまちづくりに、何も協力してくれず、過疎にしておきながら学校を廃校にすることが住民に対しての、これまでの協力のお礼なのかなと。

私たちは過去何十回となく調整区域の解除をお願いしてまいりましたが、低地帯、路盤軟弱などの理由で解除されませんでした。時代遅れの回答ばかりございます。学校がなくなるとますます過疎化になります。高齢化が進む中、助け合いにも限度があります。隣近所が何百メートルと離れております。私たちは学校中心に地域住民が一つになって、仲良くやってきました。市長がいつも言っている地域コミュニティとは何ですか。私たちは札幌の市民です。同じ税金を納めています。平等に扱って欲しいものです。上下水道の使える環境の良い地域だけでも一部調整区域を解除できないでしょうか。

市長は東米里のまちづくりを今後どのように立案計画しようと考えているのかお聞かせ願いたい。

【上田市長】基本的には何点かのご要望の中で、一番根っこにあるのは、調整地域の解除はならんのかということですね?

【安藝さん】調整区域のために人が住めない。そして路線バスが赤字になるのも人がいないから。すべてつながっていくと思うのです。

画像:上田市長【上田市長】ご承知のように、調整区域、市街化区域と分けているのは、都市計画をどうしていくかという大きなプランを作って、街の形を決めていこうという必要があるからなのですね。無計画に街の形が出来てしまうと、いろいろな公共投資をするのに、ものすごくロスの大きい投資をしなければならなくなってしまうので、計画的に人が住むところはこの区域にしましょうということにさせていただいて、上下水道だとか、そういうものをしっかり備えて都市化、市街化していきましょうとやるわけですね。

その中で、札幌は189万人の大きな街になりましたが、これから人口はどうなっていくだろうかと考えたときに、当面は、人口推計が193万人くらいまでにはなるが、それがだんだんと下がり、35年後くらいには、170万台になるのではないかと言われているのですね。そうしますと、ますます人口が分散するような街の形にするわけにはいかないというのが今の考え方です。

大体10年に1回くらい、市街化調整区域を市街化するかどうかということについて、検討をすることになっているのですが、英語でいう、コンパクトシティとして、街の形をコンパクトにまとめることによって人々が住む生活圏というのが決まってまいりますので、たとえば、車で移動する距離も少なくて済むとエネルギーの浪費に繋がらない。環境にもいいという形になるわけですね。そういうマスタープランを作って、街を無尽蔵にあるいは無計画に膨張させないという政策を都市計画法の中で決めているのですね。

ですから、東米里地区を調整区域からはずして欲しいという議論はなかなか乗れない。ご要望は強いと思いますが、なかなか厳しい問題だなと今はお答えせざるを得ないと思います。

では、現実に困っている人たちをどうしてくれるのだという話になるのですが、学校の廃校うんぬんという問題については、子どもの数が少なくなってしまい、適正規模がないと、1年生から6年生までずっと同じクラスで同じ子どもたちのメンバーで生活しなければならないということになり、教育効果としては、あまりよくない。近隣のところと統合することによって、2年に1度くらいはメンバーチェンジして、いろいろな子どもたちあるいは先生との組み合わせが可能になるような学校規模を維持していくことが、教育的には良いだろうという考え方を採っております。1学年1クラスしかない、しかも12、3人しかいないとなってしまいますと、統合したほうが教育的によろしい。過疎地域になれば不可能なところもあります。それはしょうがないのですが、出来ることなら、そうしようという政策になってくると思いますので、今非常にお困りだということはよくわかりましたけれども、なかなか難しい問題かなと思います。申し訳ありません。

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 北郷公園のステージの屋根について

高橋好則(たかはし・よしのり)さん(北白石地区)

画像:高橋さん(北白石地区)【高橋さん】瑞穂町内会の高橋でございます。市長さんとこうして会うのは3年ぶりなのですが、市長さんにはうちの会館に助成金をいただき立派な会館が出来上がったことを、この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

実は、北郷公園のところにうちの会館があるのですよ。そこで毎年夏祭りをやるのですが、公園のところに、立派なステージがあります。屋根のないステージでございます。ところが、10メートルくらいの奥行きがあり、1メートルの屋根が鉄骨で出来ているのですが、祭りの途中で雨が降ると濡れながら踊っていると。

それから、うちの町内に白石高校、北白石中学校がございます。今年は吹奏楽で優勝して、東京に行くわけでございます。白石高校と中学校に祭りに出てくれないかと頼んだのですが、屋根が無いと、太陽に当てても駄目なのだということで、何年も出てもらえないのです。画像:宮川区長

何とかして、鉄骨だけでも、ステージいっぱいにしてもらえれば、テントは町内会費で買います、手を加えますということなのです。公園というのは国の財産で、市が管理するから、なかなか維持はできないだろうと思うけれども、周りの草取りは私たちがやっています。毎年使うし、年に1回の祭りでございません。盆踊りにも使うし、小学校とか高校生がステージに練習をしに来るのですよ。予算もかかると思いますが、大した予算ではないと思います。何とか区長、市民部長を入れて、瑞穂を助けてあげたいなというような気持ちをお願いしたいと思います。要求だけですから。答弁も入りません。

【区長】区のほうのお金というわけではありませんで、所管は、公園の方になります。工夫されたご提案でもありますので、しっかり今のご提案をお伝えして、どのように出来るか、検討していただきたいと考えておりますので、後日また結果をお知らせしたいと。

【土木部長】利用実態や利用計画もよくお聞きしながら、対応してまいりたいと思います。

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 さぽーとほっと基金について

田畑隆二(たばた・りゅうじ)さん(北白石地区)

画像:田畑さん(北白石地区)【田畑さん】田畑といいます。北郷親栄第一町内会に住んでおります。

今年から市民まちづくり活動促進基金というのが出来まして、寄付も集まっていると思うのですが、いろんな活動団体に助成をしていただけるという基金ですけれども、もう半年くらい経ちまして、だいたいどのくらいの金額が集まって、どういう団体に助成をされて、それがどう生かされているかというものがございましたら教えていただきたい。

われわれの地域、町内会も、もしそういう基金を利用できるのであれば、どういう形で申し込めるかということで、金額と団体名とを教えていただければと思います。

【上田市長】はい。ありがとうございました。ご質問のパンフレットはそちらに入っていると思いますが、市民まちづくり促進条例というのが出来まして、市民活動を市民同士で支えあって行こうというシステムを構築いたしました。今年の4月からこの条例が効力を発生いたしました。これまでは企業などが寄付をしても、それが税金で控除されないということがあり、優遇措置もなかったものですから、いろいろな団体が寄付をしにくい。寄付をしやすいように、まちに寄付をしてもらって、それをみんなで分配しようと、こういうシステムを考えたわけです。
画像:上田市長

現在、もう半年経ち、日々、寄付金が増えてきておりますが、今大体2800万くらいだと思います。
これを、時期を決めて登録していただいて、助成金を欲しいという団体に手を上げていただきます。どういうことでそのお金が欲しいのか、どういうことに使いたいのかということをプレゼンテーションと言っていますが、競い合うのですね。自分たちはこんなことをやっているので、これだけのお金が欲しいと言っていただいて、それを皆で審査をして、適正に分配しようというシステムになっております。

具体的な期日等については、ホームページにきちんと書いておりますが、後ほどお知らせいたします。団体を登録していただき、発表をしていただいて、配分を決めさせていただく形になっております。

毎年、そういう形で年度を区切り寄付金を集めるのですが、どのようにお願いをしているかというと、例えば、お葬式があります。お葬式のときに香典返しというのを皆さん使いますね。10万、20万かけて、おいでになった方に、ハンカチを上げたり、海苔を差し上げたりというようなことをやります。そういう形で使わなくても、自分たちがお世話になった町内会に寄付をしたいなというように思っておられる方がいれば、札幌市に寄付をしていただく。そして市を経由して、町内会に寄付をしたいというようにやっていただくとか、いろいろな指定の仕方もできるのですね。あるいは、会社を始めて5周年経ち、創業記念日ですと。地域の皆さま方にお世話になって、可愛いがっていただけるからこそ、5年間やってまいりました。ついては、開業5周年の記念として記念品を配りたいところだけど、20万円くらいはまちに寄付をしましょうと、そして元気に活動している人たちに分けてくださいと、こういうことが出来るとかですね。

いろんな記念日にまちに寄付をしようという文化を作って行こうじゃないかというのが「さぽーとほっと基金」というものであります。

ぜひパンフレットをご覧いただきまして、どこに使われるかということについては、きちんとお知らせいたしますが、そういう寄付をしやすい制度を今回作ったということで、分からないところがあれば、まちづくりセンターなどの職員にお尋ねいただき、ご利用いただきたいと思っております。

【田畑さん】まだ支払いとかは…

【上田市長】まだ今年はしておりません。

田畑さん】登録とかは…

【上田市長】登録もだいぶ進んできております。実際問題として、どういうところにどういう人たちが登録しているかということがはっきりしないと、なかなか寄付もしにくいですよね。それが分かると、こういう市民活動で頑張っている人たちがいる、それは支えてやらなければいけないな、ということで増えていくと思います。

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 地下鉄駅周辺の活性化について

武藤征一(むとう・まさかず)さん(東白石地区)

画像:武藤さん(東白石地区)【武藤さん】東白石に住まいする武藤と申します。

札幌には地下鉄という大変便利な交通手段があるのですが、昨日、私どもが付き合っている銀行の支店長が赴任されてきまして「地下鉄が走っているのにずいぶん閑静な街ですね」というようなことを言われ「活性化していないんですよ」とお話ししました。

今、中央区は別として、それ以外のところは、地下鉄の駅といえども、近隣商業地域というのですか、建物を建てるのに、通りの南側に面しているところは、建物の影が道路に落ちるものですから、ずいぶん高く建てることが出来るのですが、日影(にちえい)の制限のおかげで、南側に建物を持っている者は、非常に日当たりはよろしいのですが、裏側に影が落ちるために、建物は10メートル以下に落とさないと駄目なわけです。

中央区以外のところは、地下鉄の駅と言っても単に人の交通手段にしかなってなく、もちろん貨物は運べません。本当はそこを商業施設いわゆる商業地域にしてもらいたい。商業地域にすると、いろいろなところで、街の活性化ができる。市長さんがさっきおっしゃいましたコンパクトシティがそこに出来るのではないかなと考えるのです。

ぜひ、先ほども話がありましたが、用途地域の見直しをお願いしたい。せっかく地下鉄の駅がありながら、用地の利用を無駄にしているような気がしておりますので、何とぞご検討のほどをよろしくお願いいたします。

画像:上田市長【上田市長】ありがとうございます。地下鉄は私たちの街の最高に素晴らしい財産だと思っております。東西線、南北線、そして東豊線という形で十分に使いこなすと、この街は数段素晴らしい街になるだろうと思っております。

そんな意味で、地下鉄のステーションがある場所が一つのコンパクトシティの核になるようなまちづくりというものを考えていかなければならないと思います。

南側の建物には、北側斜線条例というのがありまして、北側が太陽の影になってしまうことから高さが制限されてしまい、十分に思ったようなことが出来ないという状況もございますが、商業地域などになると、そうじゃないという話になりますので、大きい地下鉄の駅の周辺は高さ制限から外れているところがたくさんございます。

街の中心まで行かなくても、そこを拠点に、そこに集えば、いろいろな用が足せるという状況を作っていくことが、まちづくりのひとつの大きな考え方のベースになっておりますので、大変重要なご指摘だと思います。十分にまちづくりの中に生かして行きたいと思います。

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 財団法人札幌市水道サービス協会への天下りについて

【匿名】全然話そうと思って用意したことではないのですが、普段ちょっと感じていることを聞いてもらいたいです。

今現在、財団法人の札幌水道サービス協会で嘱託として働いているのですが、サービス協会というところは、私の認識不足もあるかもしれないのですが、水道局のOBの方が非常に多くいるのです。

今、結構、若い人も就職するのに困難な時代で、毎年OBの方が入ってくるいわゆる天下り。役職には、水道局の元々役職についていた方がそのままつくという形がほとんど。水道局の臨職もしたことがあるので、書類や組織などを見ても、ほとんど水道局と水道サービス協会は一緒なのです。

そういう天下りというのは、水道のいろいろな関係の仕事の内容や技術などを継承していくという意味では、非常に大切だとは思うのですが、どういう経緯で、どういう形で入ってきているのかなと。実際、私は嘱託なので、3年しか働けず、来年の3月には辞めなければいけないのですね。少なくとも2年半働いてきて、結構知識もつけてきて、それでも辞めなければいけない。そういうことをどうお考えですか?

【上田市長】はい。ありがとうございました。

これは札幌市の人事政策の問題と水道サービスセンターの仕事が、水道事業について詳しくなければなかなかできないということがあって、受け皿と言ったらおかしいですけれども、退職者が必然的に多くなるということになっております。それが本当にいいのかというお話になりますと、これはまだいろいろ考えなければならない問題も多々あると思います。

私たちは、天下りということが、人の特性や能力などと全然関係なしに、あるポストにいた人が、あるポストにあらかじめ慣習、慣行的、あるいは必然的に行くことは、おかしいという考え方は持っており、適性があってその人がどうしても必要だというものについては、それは再就職ということで、当然容認されるだろう。しかし、本当にその仕事が必要かどうか、その人が必要かどうかについて、あまり明らかでないものについては、それはおかしいでしょう。

民間でいろいろな方々が、そういう仕事を求めていて、しっかりと競争して、チェックをして入っていただくことが正しいという基本的な認識は持っております。水道サービス協会が、今どうなっているかということについて、私も調べてみなければわかりませんが、基本的にはそういう考え方で、外郭団体というのは、天下りと指摘を受けるようなものにはならないようにしていこうという努力はさせていただいております。

嘱託の問題は、また別の契約の問題になります。安定的な雇用をお求めになるのは当然のことだと思います。なるべく安定した職場を提供していきたいという気持ちはあるものの、人件費の問題や組織の必要性、さまざまな要素の中で、具体的に決めていくことになると思います。

ただ、嘱託ばかりの職場だとか、天下りのほかは全部嘱託というのは、少しおかしいかなと思いますので、その辺も調べてみたいと思います。

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 5まとめの言葉

画像:上田市長【上田市長】最後まで熱心に参加をしていただいて本当にありがとうございます。しつこいようですが、バス問題等で、今、札幌市の職員はいろいろな意味で緊張感を持たなければならないという意味で、この問題を契機に、市民のために頑張るぞという気持ちを、人一倍多くするチャンスにしていきたいと思っているところであります。解決をしていく途上にございますが、ぜひ温かい目あるいは厳しい目でご批判、ご意見をちょうだいすることで、頑張ってまいりたいと思います。

また、皆さま方の意見を述べる機会をしっかりと作ることが、間違いのない市政につながっていくという確信を持ちながら、頑張っていきたいと思っておりますので、またそういうチャンスに、建設的なご意見をちょうだいできれば大変ありがたいと思っております。

今日は、本当にありがとうございます。またの機会お集まりいただきまして、ご意見等交換できれば、ありがたく思います。

今日は最後までご参加いただきましたことを、心から感謝を申し上げまして、終わりにさせていただきたいと思います。ありがとうございました

このページについてのお問い合わせ

札幌市白石区市民部総務企画課

〒003-8612 札幌市白石区南郷通1丁目南8-1

電話番号:011-861-2410

ファクス番号:011-860-5236