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空襲の被害

人命を奪った丘珠空襲の機銃弾

昭和20年(1945年)7月14、15日の米軍による北海道空襲では、札幌にも被害がありました。(丘珠:陸軍の飛行場とその周辺の農地への機銃掃射と爆撃、手稲村軽川:石油タンク等の爆撃、白石村:白石駅付近、国鉄苗穂工機部への機銃掃射)
丘珠では農家を営んでいた坂東喜三郎さんが死亡し、次男の嘉治さんが負傷しました。この機銃弾はそのときのものです。

札幌市 岩波 英子氏、坂東 達雄氏、林 恒子氏提供

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