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桜山の花見
むかし、真駒内種畜場内にエゾヤマザクラが何百本も自生し、春ともなると白い花が咲き乱れ、牧草の緑に映えてそれは素晴らしく美しかった。大正の末頃には此処で花見をする人びとが見られた。昭和4年(1929)電車を走らせた定鉄は、沿線の景勝地として"小高い桜山の丘"と宣伝したところ、一躍"桜の名勝地"として脚光を浴び、花見客は真駒内駅で下車、一升瓶やゴザをかかえて桜山に登り、思い思いの場所を陣取って花見を楽しむ光景を電車の窓から見られたからたまらない。その数は日曜日にでもなれば200人もの花見客で賑わったという。
桜が散った後も丘の眺めはよく、小鳥も飛び交う恵まれた自然で、遠足やハイキングに訪れる人も多くなり、冬はスキーで初心者向きのスロープとなり、四季を通じて市民の憩い場として人びとに親しまれた。
しかし戦時中は訪れる人もなくなり、昭和21年(1946)敗戦で種畜場は米軍に接収され、キャンプ・クロフォードの建設がはじまると、桜山はガソリン集積場・射撃場が設けられて、桜の木はなぎ倒され山は削られてむかしの面影を失い人びとから忘れられてしまっていた。
さらに昭和34年(1959)には真駒内団地造成計画が"桜山"に及ぼうとした。地域の人びとはこれを阻止すべく、昭和43年(1968)「桜山保勝会」を結成してその保存に働きかけおかげで造成計画を中止させ団地の人びとは喜び合った。
総面積135haの桜山は残った。今は「昭和45年には保健保安林」ならびに鳥獣保護区にも指定され四季を通じて小鳥が囀り、時にはエゾリスに出会ったりする自然林として訪れる人びとをなごませてくれるところになった。エゾヤマザクラも美しく咲き遊歩道が10kmに及ぶなかを市民は楽しく散策できるようになった。昭和49年(1974)歩くスキーのコースも設けられた。いまは町村(まちむら)知事さんの揮毫による「緑ヶ丘保健保安林」の記念の碑がむかしの桜山にかわって建てられ、訪れる人を迎えてくれる"憩いの丘"になった。
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