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更新日:2011年2月10日

65.手作りの回り舞台で-篠路歌舞伎

エピソード・北区

第9章:文化の薫り

64.開拓農民の手で華々しく65.手作りの回り舞台で66.明治から続く伝統行事67.漂泊の札幌二週間68."幾山河越え"新琴似へ69.生き続ける文豪の家70.北のロマン漂う青春讃歌71.道内芸術家の第一号

65.手作りの回り舞台で

篠路歌舞伎

 

手作りの回り舞台で1

花岡引退興行「神霊矢口の渡」の一場面

「イョオッ、花岡屋ッ!」
篠路烈々布の秋まつりにはこんな歓声がわいていた。
明治30(1897)年代後半から、篠路村烈々布部落(現・篠路町太平の南東部)の人々の間で、歌舞伎が華やかに繰り広げられていた。回り舞台、花道も備わった本格的なもの。周囲から隔絶された一農村でこれほどの農民歌舞伎は、全国どこを探しても、他に例はない。
現在は高さ3メートルの花岡義信之碑が篠路歌舞伎を後世に伝える記念碑として大沼宅(現・篠路町太平)の前庭に立っている。碑文にある花岡義信とは、篠路歌舞伎の指導者・故大沼三四郎(のちの篠路村長)の芸名である。大沼三四郎一家が篠路に入植したのは明治の初頭。このころ、開拓農民は大地との過酷な戦いがあるのみだった。冬には慰安を求め、酒やばくちで身をくずす人も少なくなかった。
篠路歌舞伎は「ストップ・ザ・ギャンブル」を目的に明治35(1902)年に始まった。そのリーダーだった大沼は、芝居だけではなく、丘珠地区や空知地方に興行に出かけたり歌舞伎を教えに行ったりと精力的に動き回り、また学もあり常に研究熱心だった。衣装などは借り物であったが、化粧は上京した際に大沼が学んできたという。
花岡義信を座長に烈々布部落青年団中心の一大歌舞伎は、まもなく烈々布天満宮の秋まつり恒例行事として定着。後に、現在の百合が原公園付近にあった青年会が中心となって建てた集合舞台施設「烈々布倶楽部」で演じられるようになった。この施設は、大正10(1921)年の建て直しの際には、表と裏のセットを回転させて場面を入れ替える人力式回り舞台まで備えていたほど本格的な造りだった。花岡一座は、十軒(現・篠路町上篠路)、丘珠の青年たちも参加して一時は団員50人にもなった。その後も歌舞伎は盛大に興行され、農村文化の一翼を担うとともに、地域の団結や連帯意識を高め村づくりの原動力となった。
あるとき興行師の招きで幾春別炭鉱を訪れた。篠路歌舞伎の名では客寄せは無理と判断、東京の「花之屋一座」として乗り込んだ。
ところが客の中に篠路出身者がいて「オメェー篠路でネェーか」うそがばれて3日間の公演も1日で旗仕舞い、というエピソードもあった。
このように地域とともに発展してきた歌舞伎も、昭和に入ると交通網の発達や娯楽の増加など社会背景の急変により、世相の流れをまともにかぶることとなる。地域の芸能が衰退していくことに、大沼は複雑な思いを交錯させたが、「花岡義信一世一代御名残興行」を決断。そして昭和9(1934)年11月22、23日、新たな地域文化の中心となる篠路共楽館の落成に合わせて行われた興行は、異常なまでの興奮と感動を地域に与え、篠路歌舞伎はその幕を降ろした。折しもその日は、新しい交通機関である国鉄札沼線の開通の二日後であった。

篠路歌舞伎の復活地域文化の継承に貢献

 

手作りの回り舞台で2

平成14(2002)年北区文化芸能フェスタにて「仮名手本(かなでほん)忠臣蔵」の一場面を演じる園児たち

そして時は過ぎて、昭和60(1985)年10月、地域の人々が集う場所として篠路コミュニティセンターが開館した。開館記念に際して地域の文化芸能の1つとして、地元の有志が歌舞伎を上演した。これをきっかけとして「篠路歌舞伎保存会」が発足する。
同年11月には、同センターで篠路中央保育園の30周年記念事業として「創作歌舞伎・保育園五人女」を同園の職員が披露した。「演じ終えたその時の拍手や温かい声援から得た私たちの達成感や満足感は、今までの体験からは計り知れないものでした」と園長の林茂子(はやししげこ)さんは話す。
保育園では、この感動と地域文化を子どもたちにも伝えたいと思い、公演の翌年、早速カリキュラムに採用。お遊戯会を発表の場として「創作子ども歌舞伎・五人衆」をスタートさせた。子どもたちが一生懸命口上を唱える姿は大好評で、昭和61(1986)年からは篠路コミュニティセンター文化祭のレギュラー演目の1つとなり、今では地域の文化祭には欠くことができないものとなっている。演目は、観客が親しみやすいように歌舞伎の十八番「勧進帳(かんじんちょう)」を取り入れるなどの工夫をした。
そして現在、年長組の園児たちは、週2回の練習を数カ月間積み重ね、歌舞伎を発表している。この取り組みは園児たちを心豊かにはぐくみ確実に成長させている。毎年2月には「伝承式」が行われ、卒園する子どもたちから次の年長組の子どもたちへと、小さな手で大きな伝統が受け継がれていく。
今や、篠路子ども歌舞伎は15年以上の歴史を重ね、保育園のカリキュラムの域にとどまらず貴重な地域文化の継承事業へと発展している。そして、子どもたちの演技を通じてともされた篠路歌舞伎の灯は、地域に感動の輪を広げている。

(「広報さっぽろ北区版昭和49年4月号」・「新・北区エピソード史(平成15年3月発行)」掲載)

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