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更新日:2023年2月16日

さっぽろ創造仕掛け人(第1回)

株式会社クリエイティブオフィスキュー 副社長 鈴井亜由美さん

札幌の魅力を創造し、マチを元気にするキーパーソンを紹介する
「sapporo ideas city さっぽろ創造仕掛け人」。
鈴井亜由美さんは札幌に拠点を置く芸能事務所の副社長であり、
芸能プロデューサーとして大泉洋をはじめとする役者を育ててきた。
かつて演劇不毛の地と言われた札幌に事務所を設立した経緯から
今や全国的な人気を誇るTEAM NACSの東京進出にかけた思い、
そして自ら企画した北海道発の映画『しあわせのパン』まで、
鈴井さんの“仕掛人”としての魅力に迫った。

鈴井さんの写真

【役者としての経験から芸能事務所を創設】

元々はOLとして働きながら劇団に所属していた鈴井亜由美さん。“演じる側”から“プロデュースする側”になったのは、役者としてテレビやCMにも出演していた経験が大きい。「テレビやCMの仕事は役者の幅を広げ、舞台にもフィードバックできる」。そう感じた鈴井さんだったが、当時の札幌には役者のためのプロダクションはほとんどなかった。そこで仕事を辞め、ほかの劇団員にも「演じる」仕事ができる環境を整えようと劇団の主宰者である鈴井貴之氏と2人で芸能事務所、クリエイティブオフィスキューを立ち上げた。

小樽市出身。「水曜どうでしょう」(HTB)の全国的な人気上昇に伴い、「クリエイティブオフィスキュー」という会社名も知名度が上がる。タレント個々ではなく事務所全体を応援してもらう、他にはない形式のファンクラブ事業を立ち上げ、自社のタレントをチームとして魅せる戦略を作り上げた。

鈴井貴之氏との結婚、出産を機にプロデュース業に専念した1990年代後半には、安田顕、大泉洋、森崎博之が事務所に所属。2000年には戸次重幸、音尾琢真が加わり、演劇ユニット「TEAM NACS」のプロデュースが本格化する。異なる才能を持つ5人はそれぞれ北海道のテレビやラジオで活躍するようになり、事務所も北海道で映画やドラマが作られていない状況を打破するべく、映画『river』を自社で製作し、北海道テレビとは『ドラバラ鈴井の巣』の制作に取り組んだ。まさに順風満帆に見えたが、「5人が30代を目前に控え、役者として多くの人と出会い、たくさんの経験をさせたかった」と、鈴井さんはTEAM NACSの全国進出を決意した。 

【東京進出を機に始めた北海道の味方づくり】

クリエイティブオフィスキューは2005年、東京の大手芸能プロダクション、アミューズと業務提携を締結。以降、TEAM NACSの5人は東京で制作されるドラマや映画、舞台などに数多く出演することとなる。アミューズには「彼らの背中には常に北海道という文字がある。東京に移り住むのではなく、愛する北海道にいながら仕事をさせたい」と伝えた。その熱い想いが届いて実現した地方と首都圏を結ぶ新しい業務提携の形は、東京一極集中のエンターテインメント界に風穴を開け、地方に目を向ける大きなきっかけになった。

アミューズとの業務提携以降、地方に力を入れる大手芸能プロダクションが増えたことに対し、「私たちがやってきたことは間違えてなかったと安心しました。地元を盛り上げる人たちが増えて嬉しく思っています」。

また、TEAM NACSの全国進出は、鈴井さんにとってもプロデューサーとして新たな一歩を踏み出す契機となった。北海道だけでは資金面や制作面で厳しさがあると言われるコンテンツ制作。そのための協力者を募る活動を始めた。「まず東京の人たちに北海道の良さを知ってもらおうと考えたんです。そして、北海道を好きになってもらい、いつか北海道で映画やドラマなどを作るときに協力してくれる北海道の味方づくりを始めたんです」。事務所を立ち上げるきっかけとなった“舞台へのフィードバック”から“北海道へのフィードバック”へ。東京で仕事をするようになって7年が過ぎ、その種は少しずつだが芽を出そうとしている。

TEAM NACSの5人がそれぞれ短編映画を監督した2009年の「N43°」では、東京と札幌の役者とスタッフが一緒に制作。「札幌の人たちは刺激を受け、東京の人たちは札幌の良さに気付く。そうした機会をこれからも創出していきたいですね」。

【再発見した北海道の魅力を映画で伝えたい】

鈴井さんが企画し、2012年に公開が予定されている映画『しあわせのパン』も、東京での味方づくりによって実現した一つだ。企画の発端となったのは、北海道のスローライフ情報を発信する雑誌『スロウ』(発行元:クナウマガジン)、そしてイラストレーターのすずきもも氏の『さっぽろおさんぽ日和』(発行元:北海道新聞社)だった。「2つの本とは北海道の魅力を伝えるために情報収集をしていったときに出合い、紹介されていた見たことのない北海道の景色、知らなかった人やモノを見て、目からうろこが落ちました」。休日には本を持って出掛け、載っている人やモノ、食に触れた。深く知るほど、新しく知った北海道の魅力を伝えたい気持ちが強くなり、映画「しあわせのパン」を企画し、映画製作・配給会社のアスミック・エースに話を持ちかけた。

 

鈴井さんの北海道観を変えた『スロウ』とすずきもも氏の作品たち。『スロウ』はバックナンバーもすべて取り寄せて読みあさったという。

アニメ『アルプスの少女ハイジ』で、鈴井さんが忘れられない場面がある。ハイジがフランクフルトから持ってきた白パンを、おばあさんに分けるシーンだ。「パンは独り占めするのではなく、分けられるもの。ハイジのアニメはまるで幸せを分けているかのように思えた」といい、そのイメージから映画のタイトルとテーマが決まった。映画の舞台は「四季を通して美しく、北欧のようにも見える」という洞爺湖畔の月浦。北海道のパンについて調べるうち、道外から移住してパン店を始めた夫婦が多くいることを知り、夫婦を主役に設定。大泉洋と原田知世をキャスティングした。


【大資本型から参加型へ。地方映画の新しい形】

『しあわせのパン』は映画の内容はもちろん、体制や仕組みも興味深い。映画に登場する小麦、野菜、ワインといった食品から、食器、石鹸、テーブルやイスに至るまで、すべて北海道産のモノが使われている。そこには「『スロウ』で紹介されたものは全部出そう。そして、みんなで作った映画にしたい」という思いがあった。実際に参加した北海道の企業やアーティストは、自分たちの映画だということでウェブサイトやチラシといった自分たちの媒体で宣伝してくれているという。さらに公開時には東京・渋谷と札幌のPARCOで映画本編に登場する食材、家具、グッズなどを販売する北海道物産展を計画。参加者は映画と実売を通して自分たちの作品を発信し、観客は映画を通して北海道の新たな魅力を知り、同じ世界を共有できる。巨額の費用がかかる映画製作において、大資本に頼るだけではなく、地元の企業やアーティストが集まって一緒に映画を作っていく。そこにはこれからの地方での映画製作の可能性が秘められている。

『しあわせのパン』は、洞爺湖畔の月浦に移り住み、オーベルジュ式のパンカフェを営む夫婦の物語。さまざまな客が四季を通じて訪れ、夫婦が作るパンと料理を食べて「しあわせ」を感じていく。

北海道の人の温かさ、景色の美しさ、食の素晴らしさが詰まった『しあわせのパン』。「北海道の人には、この映画で自分の住んでいるところの素晴らしさを再発見してほしい。また、北海道以外の地域の人には、北海道に憧れてもらいたいですね。特に都会で働くキャリアウーマンと呼ばれる人たちに強くお勧めしたいです」。


 【札幌発で北のエンターテインメントを盛り上げる】

最後に鈴井さんに「プロデューサーとは?」という質問を投げかけてみると「プロデューサーはサービス業」という答えが返ってきた。常にお客様の立場になって考え、ニーズに対してどう仕掛けていくかを考える仕事。だからこそ「現状に満足せず、次に見たくなるものを常に先回りして考えなくてはいけない」という。

『5D - FIVE DIMENSIONS -』は、TEAM NACSの5人がそれぞれに異なるステージを企画したソロ・プロジェクト。5月に行われた森崎博之作・演出の舞台『LOOSER6』を皮切りに、11月の安田顕の一人語りまで約半年間に渡って全国で公演が行われる。

鈴井さんは『しあわせのパン』のほか、9月に公開される大泉洋主演の映画『探偵はBARにいる』や、TEAM NACS15周年プロジェクト『5D - FIVE DIMENSIONS -』などにも携わり、その毎日は多忙を極める。それでも創立20周年を迎える来年には北海道の良さを伝えるアンテナショップを東京に作りたいと計画し、「いずれは北海道発の連続ドラマも作りたい」と思いは尽きない。「札幌はそれなりに何でも手に入るけれど、これが決め手というものがないような気がしています。だからこそ人や文化が発展する可能性を秘めていますし、まだまだやれることがあると思うんです」。

これからも札幌や北海道と東京を結ぶ懸け橋として、東京で培った人脈やノウハウを生かし、北のエンターテインメントを盛り上げてくれることだろう。


【さっぽろ創造仕掛け人に聞きたい! 3つのクエスチョン】 

Q.スタッフや取引先など「人」を動かす決め手を教えてください。

A.自分の信念や発言に、ぶれを見せないこと。私も思いつきで話すとぶれることもありますが、できる限り自分の中に芯を作り、それと照らし合わせてから話をするように心掛けています。

Q.自分が心を動かされる基準とは?

A.誠実さですかね。人柄もそうですが、誠実に一生懸命に作られたものには、それがきちんと出ていると思いますし、心を動かされます。

Q.プロデュース業に必要な資質は何でしょう。

A.決断力と結合力ですね。失敗を恐れずに「これをやる」と腹を括って言えるかどうかが必要。あとは一つのコンテンツを作るうえでのクリエーター同士の人と人とのマッチングを考え、いかに立体的に見せられるかを考えることだと思います。 

 

株式会社クリエイティブオフィスキュー http://www.office-cue.com/

所在地

札幌市中央区北2条東3丁目 電話011-210-4622

創業 1992年
資本金 5,000万円
従業員 30名
事業内容

アーティストのマネジメントおよびキャスティングをはじめとするマネジメント業務に加え、

関連グッズの制作や販売・イベントの企画運営・映画や舞台の制作運営といったクリエイティブ業務、

ファンクラブ事業・課金制モバイルコンテンツの提供といったサービス業務、

多目的ホール「cube garden」の運営などを手掛ける

取材・文 : 児玉源太郎

撮影 : 山本顕史(ハレバレシャシン

 

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