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更新日:2016年12月20日

東区の歴史

東区の成り立ち

東区歴史年表

東区の歴史に関する書籍


 東区の成り立ち

応2年(1866年)、大友亀太郎が幕府の命を受け、農夫を伴い伏籠川のほとり(現在の北13東16付近)で開拓に着手しました。亀太郎は、模範農場として幕府直営農場である「御手作場(おてさくば)」を造って農民を入植させるため、用水路と道路、橋を造りました。用水路を掘る工事は、当時としてはかなり大規模なもので「一万両の大工事」と呼ばれました。いつしか「大友堀」と呼ばれるようになるこの堀は、農業用水や飲料水を確保するために造ったものといわれています。大友堀の上流は、創成川として現在もその姿をとどめています。このような功績は以後の村づくりの基礎となったので、大友亀太郎は札幌村開拓の祖といわれています。

治に入ると、村には本州各県から移民団が相次いで入植し、村落が次々と誕生しました。当時この地は、クマやシカが出没する原生林が至るところに繁茂し、ヤチと呼ばれた湿地帯が広がるなどして、開拓には大変な労苦を伴ったそうです。しかし、多くの先人たちのたゆまぬ努力のおかげで豊かな田畑が徐々に広がり、やがて、農業が村の主要産業となります。開拓当初は雑穀が中心でしたが、リンゴ、ブドウなどの果樹栽培を経て、全国的に名声を得たタマネギの生産へとその主役は替わっていきました。

和30年(1955年)、札幌市に隣接する純農村として発展してきた札幌村は、琴似町、篠路村とともに札幌市と合併し、以来、急激に都市化が進みました。昭和47年(1972年)、札幌市は政令指定都市移行し「東区」が誕生しました。亀太郎をはじめ多くの人々が鍬をふるった大地には住宅が建ち並び、近代的な住宅街へと変ぼうしてきました。人口増加に伴い、土地区画整理が行われ、昭和63年(1988年)には区民の足である地下鉄東豊線が開通しました。

成4年(1992年)には、東区マスコットキャラクター「タッピー」が誕生。その後、サッポロさとらんどやモエレ沼公園といった大型施設が相次いで誕生するなど、発展を続けてきた東区。これからの東区は、皆さんとともに形づくられていきます。

 

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